いじめられっ子と狼
今度は数名の子どもたちが、通りを小走りに駆けていっている。まだ、小学校の低学年くらいであろうか。手習いや算盤の話をしていることから、寺子屋のかえりのようだ。が、そのわりには、みんな手ぶらある。フツー、硯とか筆とかもっているものではないのであろうか。
「みろっ、狼だ」
子どもたちの一人が、路地でお座りしている相棒をみつけた。一人が叫ぶと、さきを急いでいた子どもたちが、わっと叫びながらもどってきた。
「うわっ!怖そう」
「でも、かっこいい」
「噛まれるかな?」
民家と民家の間で、ちょうど翳がさしている。おれたち人間は、すこし奥まったところにいるが、相棒は通りから丸見えになっている。
相棒がどうリアクションするのかと、しばしボーっとみつめてしまう。
「おまえがさきにいけよ」
「おまえこそ」
「怖いんだろ」
子どもらは、現代の子どもらとさしてかわらぬ調子で、恐る恐る相棒にちかづいてきている。
「そうだ。おいっ三太、おまえがさわってみろ」
一人が振り返って叫んだ。そこでやっと、もう一人いることに気がついた。
三太と呼ばれた子は、みんなの教科書、もとい勉強につかう本とか筆とかをもたされているのか、おおきな風呂敷包みをいくつも胸元に抱えたり背負ったりしている。
現代の小学生が、ランドセルをおしつけられているのとおんなじだ。どうりで、ほかの子どもたちが手ぶらなわけだ。
気がつけば、副長や永倉たちも、子どもらをみている。
「なにやってんだよ、おそいぞ。貧乏人の子が、わたしたちといっしょにいられるだけでも分不相応なんだぞ」
「そうだそうだ、役立たずめ」
「なにをやらせても、だめなやつだな。はやく、あの狼をなでてみろ」
子どもらは、よってたかって一人の子を責め立てている。いじめの被害者である当人は、荷物の重みにふらふらしつつやっとのことでちかづいてきた。
みると、いじめる側は、いずれも商人の子らしい。そして、ボロボロの着物姿の子は、貧乏人の子というわけだ。
注意してやろうと思った。いや、相棒をけしかけようと思った。こんな時代である。裕福な子のほうが、はばをきかせるのは当然のことであろう。
しかし、いつの時代であってもいじめは許せない。子どもだからといって、笑ってゆるされることではない。
「主計、やめろ」
いままさに口をひらきかけたとき、副長に小声で静止された。
「副長、しかし・・・・・・」
「いいから、みていろ」
「そこをどいてくれ」
そのとき、野村がおれの掌より相棒の綱をうばい、少年たちのまえに立った。
「こいつは、異国の狼なんだ。すごく利口なのだぞ。ちょうどいま、わたしの財布をすった悪人を追っているところだ。ほうらみろ、あそこに尻端折り姿の小男がいるであろう?あいつを追ってきたんだ」
野村は、通りのさきのほうを指さした。そこには、小男、つまり俊春が、いかにもチョイ悪のチンピラっぽく、機嫌よくあるいている。
ってか、俊春、いつの間に?
「みていろよ。あっという間に、この狼が捕まえてしまうから」
そう宣言するなり、野村は相棒の首輪から綱をはずした。当然のことながら、相棒は吠えることもうなることもなく、俊春めがけて猛然とダッシュする。
「ひええええっ!」
俊春扮する掏摸の小男野郎は、相棒が地面を駆ける音に気がついてこちらを振り向いた。狼がダッシュしてきているのをみ、驚愕以上の表情が相貌に浮かぶ。
逃げる暇などあるわけもない。相棒は地面を力強く蹴り、掏摸の小男野郎にジャンプ一番襲いかかった。そして、哀れな掏摸の小男を、背中から地面にたたきつけてしまった。
道ゆく人々が、あわてて飛びのき悲鳴をあげる。
「ほら、なにをしている。おまえたち、はやく捕えないか」
野村にエラソーに命じられ、おれたちは俊春を捕えた。
「よくやったぞ」
相棒扮する狼は、おとなしく野村の脚許にお座りしている。野村は、その頭をごしごしなでながら褒めたたえている。
「それで、おまえたちは寺子屋のかえりかな?この狼は、主にしか従わず、けっして触れさせぬ。しかも、童は大嫌いだ。どうやら、童は弱き者としてみくだすようだ」
野村は、鼻高々である。
活躍したのは相棒なのに、なにゆえエラソーにかましまくるんだ?
一方、俊春扮する掏摸の小男は正座させられ、島田に首根っこをつかまれてしょぼんとしている。
子どもたちは、突然起こった捕り物劇にボー然としている。
野村のとんでもないハッタリにあわせ、その脚許でお座りしている相棒は、子どもらをギロリとにらみつけた。
「まぁ、この獰猛な狼に触れようなんていう勇気ある童は、ここいらにおるはずもないだろうがな」
野村は、そう断言すると『カッカッカ』と、『水戸〇門』のご隠居様のごとく大笑する。
「この狼をさわったら、すごく勇気がある証だ。だれよりも勇気があり、だれよりも強い立派な男だ」
そのとき、島田に首根っこをおさえられ、正座させられている俊春がつぶやくようにいった。
その声はじつにおだやかでやさしく、心にすとんと入り込み、すっとしみこんでしまった。
俊冬の口調と同様、じつに気持ちがいい。
あまりにも気持ちがよすぎて、相棒に触れば世界一勇気のある男になれるのではないか、と確信してしまった。




