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永倉の原田ロス

 周囲をみまわしてみた。


 東からやってくる人はいるのに、西からやってくる人はいないようだ。つまり、東へ向かっているのはおれたちくらいなものである。

 しかも、江戸えどからやってくる人のほとんどは、がっつり旅装である。おれたちみたいに、ちょっとコンビニにいってくる的な恰好ではない。


 こういう人たちは、いまや敵の占領地といってもいい江戸から逃れてきたのであろうか。まだまだつづく戦火や、占領軍から逃れてきたのかもしれない。


 陽射しはきつく、番頭のコスプレでは暑いくらいである。刀や軍服は、俊春が背に負う籐駕籠に入れてもらっている。

 遠目にみれば、農夫の永倉の村に商売にいく店の主人と、その番頭と小者。それから、主人一行のボディーガードを務める武芸者と、その小者にみえなくもない、だろうか?

 でっ相棒は、もちろん番犬の役目である。


 って、やっぱ相棒以外は、無理があるよな。


「永倉先生、ユー・アー・ロンリー・ライト?」

「はぁ?なんだと?」


 現代っ子バイリンガルの野村の問いに、永倉が気色ばんだ。

 

 うん、わかる。わかるぞ、永倉。


「永倉先生。利三郎は、さみしんでしょうって、いったんですよ」


 永倉に告げてみた。


 永倉のことである。どうせ、「ちがう」って怒鳴って、野村の頭でもどやすだろうな、って思いつつ。


「・・・・・・」


 が、永倉は、意外にもだまりこんでしまった。


 えっ?マジで原田ロスなんだ。


「おいおい、新八。おまえら、そういう関係だったのか?」


 副長が立ち止まったので、おれたちも立ち止まった。


 副長は、ドラマとか漫画とかで柳生十兵衛やぎゅうじゅうべえがかぶっていそうな浪人笠を指先であげ、冗談めかして尋ねた。

 

 副長は、永倉が「ちがうだろうがっ!」って、全力否定すると確信しているにちがいない。


「そんなわけないだろう?だが、あいつがいなくてはりあいがなくなったってのは否定はせぬ」


 そして、BLは否定するが、さみしがり屋さんなのは認める永倉。


 そうか、なるほど……。


 たしかに、それはそうかもしれない。  

 

 永倉と原田の関係は、試衛館時代からである。十年とまではいかなくても、七、八年以上はいっしょにいたはずである。しかも、どちらかが出張とか出向していないかぎり、ほぼいっしょだったはず。


 それが急にいなくなったら、さみしくないわけはない。

 

 さきほどの俊春の問いは、靖兵隊から原田が抜け、局長の斬首の際に再会するまでのことだったのだ。


「左之が靖兵隊を抜ける際、江戸で会う約定をした。ゆえに、ここまでではなかった」


 永倉は俊春をみ、さきほどの問いに口の形をおおきくして答え、ちいさなため息をつく。


 おそらく、局長の死でナーバスになっていることもあるんだろう。


「「がむしん」、しっかりしてくれよ。靖兵隊には、まだ新撰組うちの隊士が残ってんだ。なんとしても、救ってもらわねばならん」

「ちっ・・・・・・。土方さん、あいつらは、新撰組あんたの隊士じゃないだろうが」


 永倉は、苦笑する。


「わかっている。わかっているって」


 かれは怒鳴りつつ、両掌で両頬をたたいて気合を入れる。


「さみしがっているひまはないよな。すまなかった。ゆこう」


 それから、さっさとあるきだした。


 その永倉のがっしりとした背をみると、かれも相当まいっているのに、無理をしていることがひしひしと感じられる。


 そのとき、副長と視線があった。すると、副長は両肩をすくめてから浪人笠をかぶりなおし、かれを追った。

 

 もちろん、おれたちもあとにつづく。


 とりあえずはいったん板橋まで戻り、そこからあらためて日光街道をすすむことにした。幹道もないわけではないらしいが、街道をとおったほうがはやいらしい。


 もちろん、リスクはある。

 

 しかし、敵はまだまだ彰義隊などのゲリラ活動の対応におわれている。いっきにとおりぬけてしまえばいい。


 それに、このメンバーは、ある意味最強である。なにがあろうと、切り抜けられるにちがいない。


 だが、その推測は裏切られてしまった。


 なんと、とんでもない事態に陥ってしまったのである。


 板橋についたのは、それから小一時間ほどしてからである。


 正直、板橋そこは、自分にとって鬼門となってしまった。板橋という、土地じたいに罪はない。だが、局長が死んだ土地としてすりこまれてしまった。これも、ある意味ではトラウマであろう。


 正直、もう二度と立ち入りたいとも思わない。


「副長」


 最後尾の俊春がおれたちを抜かし、先頭をゆく副長と永倉にちかづいた。

 その声が、緊張をはらんでいるのに気がついたのは、おれだけではない。


「火薬のにおいがいたします。それも、大量の銃火器でございます。探ってまいりますゆえ、しばしおまちください」


 かれはそうささやくなり、相棒の綱をこちらにおしつけ、どろんと消えてしまった。ってか、居並ぶ民家の屋根にジャンプし、屋根伝いに駆けていってしまった。


 いやマジ、忍びでしょう。

 

 あんだけ鬼鍛錬し、筋肉や贅肉がつかぬよう食べものも調整し、そこでやっと創作にでてくる忍びみたいになれるのであろうか。


 子どもみたいに憧れはするけど、なりたいとは思わない。ってか、肉体的にも精神的にもムリにきまっている。


 往来に突っ立っているっていうのも、目立ってしまう。

 

 江戸じたいの状況が状況だけに、休みの日の原宿ってほどではないにしろ、そこそこの通行量である。


 とりあえずは、民家の脇道でまつことにした。


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