原田との別れ
「それから、丹波にまいられましたら、みなさまによろしくお伝えください」
俊春は、頭をさげた。華奢な肩がかすかに震えている。
どうやら、泣いているのをみせぬために頭をさげたようだ。
「わかっいる。松吉と竹吉にも、おまえらが元気でがんばってるって、伝えておく」
原田は、すべてを承知しているらしい。
俊春は口にこそださないが、養子である松吉と竹吉を案じているのだ。原田は、それに気がついている。そういって、安心させたのである。
「ちょっとまてよ」
お堂にむかってあるきだしたとき、副長がなにかを思いだしたらしい。
副長は、全員の注目を集めてからつづける。
「くそったれ!おれは、判断をあやまっちまった。左之を丹波にゆかせるなどと・・・・・・」
「はあ?いまさらか、土方さん?まったく意味がわからぬぞ」
副長の隣をあゆむ永倉は、当惑している。もちろん、おれもである。
「ふんっ!土方さん。いまさら気がついたところで、すでにおそいんだよ」
原田は、なにゆえかドヤ顔で勝ち誇っている。
「副長、お案じなさいますな。原田先生が兄と京で合流されれば、副長のご懸念はきれいさっぱり払拭されましょう。それでもなお、原田先生がおイタをされるようでしたら、そのときには遺憾ながら史実どおりになってしまうかと……」
俊春が神妙に伝えると、永倉がなにかに気がついたらしい。
かれはうしろをあゆむおれたちを振り返り、うしろあるきしながらニヤニヤ顔で口をひらく。
「なるほどな、左之。それであれば、上野でくたばったほうが恰好いいよな。戦で討ち死にってほうが、よっぽど漢らしい」
永倉がニヤニヤ笑いつついう横で、副長がうなずいている。
「女子に手をつけ、その腹違いの弟にぶっ殺されたってなこと、おれの子孫に語り継がせないでくれよ、左之」
永倉は、そういってから大笑いする。
なるほど、そういうわけか。
副長と原田は、双子の腹違いの姉のお美津さんにちょっかいをだしていた、という疑惑がある。
副長は、それを思いだしたのである。
永倉のいうとおりである。せっかく助かる生命なのに、女性問題で生命をなくすっていうのは間抜けすぎる。
ってか、いまのやりとりで、あの疑惑にかなり信憑性がでてきたじゃないか。
「ちっ・・・・・・。京は、素通りするか。いやいや、総司のことがあるからな・・・・・・。くそっ。そうだ、たまが去ったあとに・・・・・・」
原田は、ぶつぶつとつぶやいてる。どうやら、策を練っているらしい。
思わず、笑ってしまった。
真実は兎も角として、副長も原田もそこまで女性に飢えているわけではない。二人とも、腹立たしいほど、いやちがう、うらやましいほど、これもちがうか、兎に角、モテるのである。ただぼーっと突っ立っているだけでも、女性がわらわらとよってくる。ゆえに、生命をかけてまで、女性をどうにかしようってことはないだろう。
たぶん、だけど・・・・・・。
深更のおむすびを喰い、原田と別れることになった。
別れ際、かれにハグされた。
原田は、おれの必死の訴えがさすがにこたえたらしい。かれは全員おなじくらいの時間、ハグした。
心もち、俊春が長かったかもしれないが。
原田左之助……。
なんかまた会えそうな気がするのは、気のせいだろうか。
そして、おれたちもまた、仲間を追うために出発した。
とりあえずは、日光街道の今市宿をめざすことになった。靖兵隊が、そこいらをうろついているかもしれないからである。
今市宿は、会津西街道が合流している。そこから、おれたちは会津を目指す予定である。
「組長、大丈夫ですか?」
コスプレイヤーたちと並んであるいていると、島田がまえをあるく永倉に声をかけた。
ってか、じつはおれも、コスプレをしている。双子は、衣裳を余分に準備してくれていたのである。
でっなにゆえか、野村はちょっと裕福な町人の恰好で、おれは番頭っぽい恰好、俊春はいつもどおり小者って恰好になった。
第三者からみたら、この一団はいったいどういう関係なんだろうって不思議に思うにちがいない。
これならいっそ、ハロウィンの時期で、ホラーっぽい恰好でねりあるけばいいんだ。
もしくは、「東京国○展示場」のコミケみたいに、ガチなコスプレでもよかったのかもしれない。
「あの、組長?」
島田は、永倉からの返事がないので、再度声をかける。
そういえば、出発してからというもの、永倉が元気がない気がする。
「おいっ新八、大丈夫か?」
隣をあゆむ副長が、みるにみかねて肘で永倉の脇腹を突っついた。
「あ?す、すまん」
永倉は、そこでやっと気がついたらしい。
すると、相棒がおれの横からするするとまえにでていった。
あ、いや。正確には、おれの右横で、俊春の左横から、である。つまり、相棒は、おれが綱を握っておれにしたがっているわけではない。俊春が綱を握り、かれに従っているのである。
でっ、そのお犬様のご機嫌は、超絶マックスにいい。
これもまた、おれと再会できたからではない。俊春と再会ができたからであることはいうまでもない。
厳しすぎる現実は兎も角、相棒は綱をめいいっぱい伸ばしつつ、永倉の左うしろに迫った。それから、鼻先でかれの尻端折りする太腿をちょんちょんと突っついた。
「兼定、すめぬ。い、いや、案ずるな。ぼーっとしていただけだ」
相棒をみおろし、永倉はしどろもどろに告げる。
「しばしはなれていらっしゃったときも、かような状態だったのですか?」
俊春もまた、相棒同様永倉にちかづいた。とはいえ、近間にはいったところで歩をとめる。
その俊春の問いで、おれもやっと気がついた。




