更年期障害
「『きせ〇じゅう』とは、なんのことであろうか?」
俊春は、またしてもおれをよんだらしい。かわいらしく尋ねてきた。
「いいんですよ。ただの漫画、草双紙みたいなものです」
「どのような物語なのだ?」
「いいんですよ、ぽち。ただの荒唐無稽な話なんですから」
さらに、さらに声を大にしてしまった。
「くーん」
一方的に怒鳴ってしまったやなやつになってしまった。
相棒が、泣きそうになっている俊春をみあげてなぐさめている。
「おいおい、主計。おれのぽちをいじめるとは、どういう料簡だ?」
そして、原田の謎かばい。
「ちょっとまってください。いじめてるわけではありません。どうでもいいことなだけです。兎に角、後頭部をよむって、どうやったらよめるんです?」
「どうでもいいことなどないぞ、主計。そもそも、後頭部をよむってことだって、どうでもいいことだろうが」
「はあ?そこは大事でしょう、原田先生?どうやったら、後頭部をよめるっていうんです?それに、『おれのぽち』って、どういう意味なんです?」
背伸びする勢いで、原田に疑問をたたきつける。
なんでこんな不毛ないい争いをやっているんだろうか。そもそもの問題を忘れてしまった。
「兼定、『きせ〇じゅう』とはなんだ?」
「クーン」
「なに?おぬしもしらぬ?そうか・・・・・・。気になってしかたがない」
「クーン」
元凶である俊春本人は、お座りしている相棒のまえに両膝を折り、仲良しトークをやってる。
「だいたい、原田先生はぽちにやさしすぎますよ。いっつもかまってるし、いっつもみまもってるし。昨夜だって、ぽちだけ、やたらめったらハグがながかったでしょう?利三郎やおれなんて、ギュッっとした瞬間で『はい、おしまい』でしたし。不公平すぎます」
「おま・・・・・・」
おれの渾身の想い、いや、ぶっちゃけ不満をまともに喰らった原田は、絶句した上にその長身を揺らめかせた。
「土方さんとおねぇ、それから八郎だけじゃなく、おれまで好きだったとは・・・・・・」
「はいいいいいい?なんで、なんでそんなに曲解できるんです?」
最近、すっかりヒステリックになってしまっている。
まさか、男の更年期障害?しかも、若年性ってやつ?
「兼定、『こうねんきしょうがい』ってなんだ?料理の名か?うまいのか?ならば、つくってみたいな」
そして、俊春はおれをよみまくり、呑気に相棒に尋ねている。
「キイイイイッ!いいかげんにしてくだ・・・・・・」
「やめねぇかっ!朝っぱらからキイキイ叫んでんじゃねぇっ」
まるで「示現流」の猿叫だ。だが、それもおれ以上の大音声でかぶされてしまった。
いつの間にか、副長が立っているではないか。副長だけではない。永倉もいる。しかも、永倉はめっちゃニヤニヤしている。
二人とも気配を消し、しばらくまえから様子をうかがっていたにちがいない。
「いないって思ったら、わーわーきゃーきゃーと騒ぎやがって」
「副長。お言葉を返すようですが、おれじゃないですよ。原田先生とぽちが・・・・・・」
「いいわけすんじゃねぇよ。一里四方に響き渡るようなキーキー声をだしてんのは、おまえじゃないか、主計っ!」
「そ、そんな・・・・・・」
たしかに、キーキーわめいたのはおれだけど・・・・・・。
理不尽きわまりない。頭ごなしに叱られ、返す言葉もないっていうか、許されるわけもなく、シュンとしてしまう。
「くくくくっ」
そんなおれを、永倉も原田も俊春も、ついでに相棒まで、笑っている。
「ったくよう・・・・・・」
おれをにらみつける副長の眉間の皺がやわらいだ。
「島田が朝飯を準備してくれている。っていっても、深更に喰った残りだが。それを喰ったら、出発する」
今日は、腹立たしいくらいに快晴である。昨日の曇天が、嘘のようである。
この分では、気温もそこそこ上がるだろう。
「原田先生」
俊春は、立ち上がると原田にちかづいた。軍服の内ポケットから袱紗をとりだすと、原田にさしだす。
「新門の親分からの選別です。道中、お役立てください」
「あ、ああ。なれど、もらっていいのか?土方さん、あんたらは・・・・・・?」
原田は袱紗をみおろしてから、視線を副長と永倉へ向ける。
「案ずるな。おれたちの分は、すでにぽちからあずかっている。新八とおまえ、おれとで三等分させてもらったからよ」
さすがは副長。ぬかりはないってわけだ。
それにしても、いつの間に?
「あの、原田先生。わたしごときのことを気に病んでいただき、ありがとうございます。その・・・・・・。いろいろご迷惑をおかけしました。主計の申すとおりです。あなたは強くてやさしい方です。なにより、いい人間です。死んでいい方ではない。なにがなんでも、生き抜いてください。それだけが、わたしの願いです」
「おいおい、ぽち。あらたまって、なんだ?仲間なんだ、当然であろう?それに、おまえにはまだ、おれの真骨頂を伝えてないからな。すべてが片付いたら、じっくり伝授してやる。ゆえに、たがいに死なないようにしよう。なっ?」
原田は満面の笑みで、俊春の頭をがしがしなでている。
『おれの真骨頂』ってところが気になるし、ツッコミたくなるが、二人の雰囲気がほのぼのしているからまっいっか。




