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生き残ってほしい

 俊春はおれのときと同様、原田の言葉にもこくりとうなずいた。

 俊春のをじっとみあげていたが、とくになんの変化もなかった。すくなくとも、おれには変化があったようには感じられない。



「ゆえに、原田先生。先生も約束してください。ぜったいに生き残り、満州で馬賊になるって」


 ふざけているわけではない。兎に角、原田には生きていてほしいのだ。なんとしてでも生きのびてもらいたい。

 馬賊だろうが山賊だろうが海賊だろうが、かれらしく生きて生きて、生きまくってほしい。


「・・・・・・案ずるな。おれも、中条や矢田、総司や平助たちの生命いのちをあずかってるんだ。そうそう生命いのちをムダにするようなことはせぬ」


 ときにすれば、0コンマ以下の間があいたが、かれはやっと笑顔で約束してくれた。


 相棒が『約束だぞ』って感じで、かれの二の腕に鼻先をおしつけている。


「兼定・・・・・・、わかってるって。約定をやぶったら、腹斬って詫びるからよ。そうだな、つぎは縦にかっさばいてやる」


 そして、原田は大笑いする。


 つられて笑ってしまった。俊春も、笑顔になっている。


 神様とか仏様とか、すがるつもりはない。いつもなにかあったり困ったことがあったときだけ、「神様、助けて」とか、神頼みする困ったちゃんである。

 だから、いまここで神様や仏様にすがったところで、おとといきやがれ的にスルーされるにきまっている。


 それを承知で、神様や仏様にすがりつき、願いたい。


 どうか、原田を生かしてください。かれが変な気をおこさぬよう、見守ってください、と。


「さて、そろそろ戻るか。土方さんたちも、そろそろ起きてるやもしれぬ」


 原田は、伸びをすると軽快に立ち上がった。


「兼定、おまえも頼むぞ」


 それから、かれは立ち上がった相棒の頭をなでつつ、にんまり笑う。


 そして、四人・・でお堂へとあるきはじめた。


「そういえば、主計の愛しい八郎はどうなるんだ?あいつは、生真面目だからな。江戸の「練武館」を訪れたとき、迷っていたであろう?遊撃隊で、うまくたちまわっていたらいいが」


 原田は、おれに意味ありげな笑みをみせる。


 まだ流山にうつるまえの話である。

 副長、永倉、原田、斎藤、双子と子どもたちで、伊庭八郎の生家である「練武館」を訪れたことがあった。

 

 伊庭が、「剣術の勝負をしよう」と誘ってくれたのだ。このおれを、である。それはもちろん、快諾した。でっ、さっそく招きに応じた。が、誘われたのはおれだけなのに、おまけがたくさんついてきたってわけである。

 

 伊庭との勝負は、最初から最後までおされっぱなしではあったものの、引き分けにおわった。そのあと、やめておけばいいのに、副長まで勝負をしたがった。副長の望みである。もちろん、勝負をした。

 

 ちなみに、副長はこのとき、油をまき散らすというチートな、もとい、高等テクニックを披露してくれたのだ。


 その授業料が高くついたのは、いうまでもない。後片付けが大変であった。


 思い出に残るひとときであった。

 もちろん、伊庭とすごせたからというわけではない。


 それがたとえだれであろうと、想い出に残るひとときになった、はずである。   

 おそらく、ではあるが。


「ってか、主計の愛しい八郎君っていったいなんなのです?原田先生、そんな誤解を招くようないいかた、やめてくださいよ」

「主計。文句をつけるわりには、相貌かおが崩れまくっておるぞ。その助兵衛な笑み、みっともないからやめたほうがいいと思うのだが」


 うしろから、俊春のマジな声が飛んできた。

 かれの声は、そんなにおおきくなかった。が、このあたりは静謐と表現していいほど静かすぎる。音といえば、俊春とおれの軍靴と原田の草履が、獣道に落ちている葉っぱを踏みしめるかすかな音くらいである。

 

 ゆえに、いまのはまるで声高に非難されたみたいに響き渡った。


「ちょっ・・・・・・。なにゆえ、うしろをあるいているあなたに、おれの表情がわかるんです、俊春殿?」


 立ち止まり、くるりとうしろを振り返った。同時に、腰に掌をあて、相棒をしたがえている俊春にすごんでみせる。


 べつに、相棒が俊春にべったりだからやっかんでいるわけではない。念のため。


「ぽちだ。わたしは、ぽちだ。以前のように、ぽちと呼んでくれ」


 かれもまた、立ち止まった。もちろん、相棒も。

 

 こうしてみてみると、なにゆえか俊春のほうが弟犬で、相棒が兄犬みたいな気がする。

 兄犬である相棒は、弟犬である俊春が心配で心配でたまらないって感じがしてならない。それゆえに、俊春についてまわっている。そんな雰囲気だろうか。

 

 それにしても、本物の犬の名が「兼定」って立派なのに、人間ひとの呼び名が「ぽち」?

 

 思わず、笑ってしまいそうになった。もっとも、いまさら、であるが。


「わかりましたよ、ぽち」

「ならば、さきほどのおぬしの問いにこたえよう。おぬしの後頭部だ。おぬしの後頭部の表情をよんだのだ」

「後頭部?」


 あまりにも想像のななめ上をいきすぎてる回答だったので、声がうらがえってしまった。

 

 木々のむこうのほうで、種類のわからぬ鳥が騒ぎながら飛び立っていった。


「こ、後頭部って・・・・・・」


 無意識のうちに、後頭部そこを掌でさわってしまった。

 

 脳裏を、「寄〇獣」っていう漫画がよぎる。

 

 ある日、空から正体不明の生物がやってきて、人間ひとの鼻や耳から侵入し、人間ひとの頭、つまり脳をふくめた頭全体に寄生して体全体をのっとってしまうのである。その頭は、刃物や鞭のように形をかえ、どんな相手でも倒してしまう。そして、人間ひとを捕食するのである。

 

 たしか、アニメや映画にもなったかと思う。


 漫画しかみたことがないが、結構、衝撃的であった。

 

 頭が真っ二つに割れたり、身体の部位が変形して刃物っぽい武器に変形したりするのである。


 もちろん、いまここにそんなものは空からやってきていないし、おれも寄生されていない。


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