天からの声
やはり、ここはワカメか。ワカメを喰うべきなのか。
そういえば、局長は白髪もなくってふさふさであった。まぁかんがえてみれば、三十代なかばである。白髪やハゲの兆候がではじめるには、まだはやいか。
ってか、局長ならば年をとってもたいして白髪もなく、ふっさふさを維持したような気がする。
だとすれば、副長はどうであろうか・・・・・・?
副長って、意外とハゲるのではなかろうか。もしかすると、すでにハゲはじめているのかも。
よくよくみると、前髪なんかビミョーである。ふわっと感をだしているからわかりにくいが、後退しはじめているのを隠しているのかもしれないし。
ぶふふっ!
そんなの、『つるピカハゲ〇』君だ。『ドウェイン・〇ョンソン』や『ユル・〇リンナー』ではなく、ぜったいに『つるピカハゲ〇』君だ。あ、それだったら『ドラゴ○ボール』の『クリ〇ン』でもありか?
「おいっ!」
しまった・・・・・・。
おそるおそる眼前に視線を向けると、副長がめっちゃにらんでる。その眉間には、何本もの皺がこれでもかというほど深く濃く刻まれている。
「あ、副長。そんなに眉間に皺を寄せたら、とれなくなっちゃいますよ・・・・・・」
へらへら笑いつつ、いらぬお世話的にアドバイスを送った。
「新八ーっ、主計を殴っていいぞ。いいや。いっそ斬っちまえ」
「おうっ!よろこんで」
「す、すすすすすみません。ゆるして、ゆるしてください」
みなが大笑いするなか、永倉に寝技をってか、以前教えたプロレス技の『逆エビ固め』をたっぷりと見舞われてしまった。
それは、おれのしっているプロレス技の数少ないうちの一つである。
「ギブッ!ギブッ!」
さすがは永倉である。剣術だけでなく、格闘センスも抜群だ。ってか、うますぎだろう?
「永倉先生、かわってください。つぎは、わたしがバックドロップをやります」
「ちょっ、まてっ!まってくれ、利三郎っ!」
バックドロップも、おれのしる数少ない技の一つである。
これではまるで、クラスのいじめっ子が覚えたてのプロレス技を試しているみたいだ。でっ、おれはその実験台にされてるいじめられっ子ってわけである。
「忘れたのか、利三郎?『主計をいじるな。つねに尊敬の念を抱き、大切にせよ』。局長に、そう厳命されたよな?」
その一言で、おれに飛びかかろうとした野村の動きが、ぴたりととまった。
うおおおおっ!
これはもしかして、魔法の言葉になりえるのか?
ほんのちょっぴり、局長の言葉をアレンジしてってか、ほぼほぼおれの希望を添えた形にかわってしまっているが、兎に角、これは有効なのだろうか。
ついでに、永倉の動きもとまってしまっている。
「近藤さんが?かようなことを?」
永倉がおれの上からどきつつ、めっちゃ胡散臭そうにきいてきた。
「えっ?ええ、ええ。牢屋でそうおっしゃいましたよ」
神様仏様レベルの解釈でいけば、局長はそう伝えたかったのかもしれないし。まるっきりの嘘ではない、はずだ。たぶん・・・・・・。
「ふーん。かっちゃんがねぇ・・・・・・。かっちゃんっ!」
副長は、とつじょところどころ穴のあいている天井に向かって叫んだ。
いいや。天井っていうよりかは、天に向かってって感じである。
「誠か、かっちゃん?誠に、『つねに尊敬の念を抱き、大切にせよ』って、利三郎にいったのか?』
なんと……。
副長は、局長が誠にいった『主計をいじるな』のところではなく、誠にいわなかった、神様仏様レベルの解釈部分の、『つねに尊敬の念を抱き、大切にせよ』のところを、言及するではないか。
みな、めっちゃ胡散臭そうにおれをみている。もちろん、相棒もである。
でもまぁいっか。ここにイタコでもいないかぎり、いまの副長の問いに局長がこたえようもないし。
『歳、歳。きくまでもなかろう。わたしが、かような馬鹿げたことを申すとでも思うのか』
へっ?天から声がふってきた?
いまのは、たしかに局長の声だった。
『主計は、いつもいいように解釈するのだな。誠に、主計らしい』
『はっはっは』と、じつに愉し気な笑い声がつづく。
「きょ、局長?いまの、きこえました?局長の声でしたよね?」
思わず、全員をみまわしていた。みな、マジな表情になっている。
「謀ったな、主計」
副長と視線があうと、そう糾弾されてしまった。
副長は、泣き笑いの表情になっている。
「主計。嘘はいただけぬな」
「ひいいいっ!」
耳に局長のささやき声がとびこんできたので、思わず飛び上がってしまった。
そちらを向くと、俊春が立っている。
「と、俊春殿?」
驚きすぎて、声が裏返ってしまっている。
「くそっ・・・・・・」
永倉が拳を自分の掌に打ち付けた。
さっきのは、偵察から戻ってきた俊春の声真似だったのか・・・・・・。
みな、そうと気がついていたのだ。
「俊春・・・・・・」
原田は局長への想いに感極まったのか、俊春の肩を抱こうとして腕を伸ばしかけた。が、さきほどの俊春のトラウマについての話を思いだしたのであろう。腕は、伸ばされたまま空中でとまってしまった。しばし、不自然にさまよう原田の右掌・・・・・・。
結局、右掌は俊春の頭の上へと伸びた。そして、なにかをごまかすかのようにごしごしと俊春の頭をなでた。
俊春は、身体的な接触でも頭をなでられるのは大丈夫らしい。
局長や副長になでられると、かれはいつもうれしそうにしているのだから。
「おかえり、俊春」
島田が、鼻をすすりあげてからごく自然な様子で声をかけた。
正直、さすがは島田だと脱帽してしまう。
ふだん「おかえり」や「ただいま」っていうことはない。ついでに、「いってきます」や「いってらっしゃい」もである。
現状、おれたちは根無し草である。どこにいても「かえってくる」、あるいは「いってくる」という感覚はない。
が、いまはそれらが重要な気がする。さらには、必要でもある。
精神の落ち着くさき、かえるべきところは、家や屯所ではない。
仲間のところ、なのである。
「おかえりなさい、俊春殿」
だから、おれもそういってみた。
「ただいま」
俊春は、はにかんだように応じてくれた。
ふと、静かになった。
いつの間にか、全員が立ち上がっていた。
それに気がつき、それぞれ胡坐をかきなおしたり正座したりした。
 




