どこまでもついてゆきます
「たしかに、おれの望みに付き合わせるのは、あいつらだけじゃなく、だれにとっても理不尽以外のなにものでもないな」
「それはちがいます、副長」
「ちがいますよ、副長」
島田とおれの全力否定がかぶってしまった。
「たとえ死地であろうと地獄であろうと、わたしはあなたについてゆきたい。すくなくとも、そう願っております。否。なにがなんでも、かならずやそういたします」
「おれもです。それ以外にかんがえられません。利三郎、おまえもだよな?」
狸寝入りしているであろう野村に尋ねると、かれはこちらに背を向けたまま、上になっているほうの左掌をあげた。ひらひらと、左掌が揺らめく。
同意しているものと、とっておく。
「ほかの隊士たちもおなじですよ。沢さんと久吉さんだって、そうだったでしょう?」
このまえ、沢と久吉は『「新撰組」こそが家族だ』、といっていた。
おれもそうである。新撰組が自分の居場所なのだ。
隊士たちのなかには、新撰組でしかすごせないという者もすくなくないはず。
「くそっ。おれだっておなじだ」
「ああ、おれもな」
永倉と原田が、口惜しそうにつぶやく。
「主計っ!」
永倉は、おれがまたウジウジ思い悩むであろうことを推察した。
ゆえに、おれを一喝したわけであろう。
それは兎も角、二人ともいっしょにくればいい。声を大にして、そういいたい衝動にかられた。
しかし、原田は死ぬ運命を背負っている。その予定地である上野を避けたとしても、戦そのものに身を投じていれば、なにがおこるかわからない。それだと、なんにもならない。
そして、永倉は生き残ることがわかっている。が、逆の発想で、居場所をかえることで死んでしまうかもしれない。
靖兵隊にいるからこそ、かれは助かるのかもしれないのだから。
いずれにしても、新撰組に戻ってくることは、歴史をかえてしまう。いいや、正直そんなリスクはどうでもいい。それよりも、かれら自身の命運を左右することになるかもしれない、ということのほうが重要である。
かれら自身、それは重々承知している。
しかし、心情はなかなかそうもいかない。
「新八、左之。おまえらのお蔭で、おれも気づかされた。おれのゆくさきが、仲間たちのそれであるとはかぎらぬ。なかには、ちがうゆきさきをめざす者、元きた道をひきかえしたい者もいるであろう。会津で合流したら、あらためてみなに進退を問うてみることにする。自身のそれもふくめてな」
副長は、自分にいいきかせるかのように一語一語丁寧につむぎだしてゆく。
無意識なのであろう。徳利をもちあげ、ムダに振っている。
チャポンチャポンという音は、酒があとわずかなことを示している。
「会津には世話になった。会津には、忠義を貫かねばならぬ。そうしなきゃ、かっちゃんも死んでも死にきれぬであろう」
永倉と原田は、無言でうなずく。
会津侯松平容保は、新撰組にたいしてずいぶんとよくしてくれた。
もともと、副長たちは浪士組の一員として江戸から京にくだってきた。それが、清河八郎の策略により、京にやってきてほとんどすぐに、江戸へとんぼ返りしてしまったのである。が、副長たちは、それに異を唱え、京にとどまった。そのあとからずっと、会津侯はスポンサーとしてあれやこれやと援助してくれたのである。
なにがあっても、その義理だけは果たさなければならない。局長の遺志というだけではない。副長自身がそう決意しているのである。
「あいつらを追っ払う算段もせねばな」
そして、副長はほとんどきこえぬほどの声でいった。
そのささやき声に、いの一番に応じたのは、相棒である。
『グルルル』
なんと、うなり声を発したのである。
正直、驚きである。怒声とかではない。心配しているような、悲しんでいるような、そういううなり声のように感じられた。
「兼定、案ずるな」
副長は相棒と視線をあわせ、やわらかい笑みをイケメンに浮かべる。
「主計、あいつらを追っ払うことができたら、おまえと兼定もでてゆくんだ」
「ええっ?なにゆえ、そんな極端な話になるんです?」
「おまえも、もともとは隊士じゃない。それ以前に、この時代の人間でもないんだ。これ以上、おれたちに付き合う必要はない。否、おれに付き合う必要はないっていったほうがいいな。おっと、鉄と銀もだ。餓鬼どもにまで、戦をさせる気はないしな」
「副長。まさか、おれを相棒の散歩係から解任するおつもりですか?」
そう尋ねながら、
『解任って大袈裟じゃないのか?』
って、脳内で自分自身にツッコんでしまった。
「懐妊?おいおい、主計。いくらなんでも、男のおまえが?」
「左之、おまえはだまってやがれ」
「原田先生は、口を閉じていてください」
原田のボケに、副長とおれのツッコミがかぶった。
永倉と島田がウケてる。
「それと利三郎、おまえもだ。あとは、勘吾か?みなで丹波にゆけばいい。おれより、総司や平助の側にいてやってくれ」
「ノー・キディング。カモーン・ボス。それってパワハラ?モラハラ?兎に角、ハラスメントっすから」
野村が猫みたいに飛び起き、犬みたいに四つ脚でちかづいてきた。
現代人よりもスムーズに、クレームをつけてる。
『丹波にゆけ』
副長の思いつき的な命令はおいておくとして、もしも史実どおり、みなと離れて野村と二人で別行動することになってしまったら・・・・・・。
正直、おれはかれと二人きりでやっていく自信がまったくもてない。
史実どおり、幕府陸軍隊の隊長春日の麾下に加わったとすれば・・・・・・。
たとえば、おれの優秀さが認められ、おおいに気に入られたら?春日に、「ぜひとも隊長になってくれ」って乞われたら?ちやほやされ、大切にされ、愛され、破格の待遇をうけたとしたら?
そんな天国みたいな職場環境、神レベルの待遇であったとしても、野村と二人でやっていくなんてぜったいに無理だ。ぶっちゃけ、勘弁してもらいたいって思ってしまう。




