影武者説
そうだった。甲府で本格的な戦闘にいたる前夜、永倉と原田、ここにはいない斎藤と双子とおれとで、局長のことを話し合ったんだった。
どうにかして局長の斬首を回避できないか、という内容である。
おれたちは、副長から勝手に動いたり話し合ったりするなと釘をさされていた。ゆえに、その副長が江戸に援軍を要請しにいっている間に、こっそり話し合ったのだ。
結局、解決の糸口はつかめなかったのであるが。
その際、永倉が副長のことを尋ねてきた。副長の将来のことである。正直、告げるか否かを迷った。
結局、副長の将来を語ってきかせたのである。
組長たちは、当然のことながら副長とは長い付き合いである。かれらは、おれが語った内容を信じなかった。つまり、副長の死を信じなかったのである。というよりかは、厳密には死んだようにみせかけるにちがいない。ぶっちゃけ、戦死を偽装するんだろうと推測し、笑い飛ばした。
かれらがそう結論付ける根拠や自信は兎も角、あのときには副長の死よりも俊冬のことを心配した。かれが副長に似ているというところから、副長の影武者になるつもりなのでは?と疑念をていし、懸念したのである。
永倉と原田には、いままさしくあのときのことをいいたいのである。
永倉と原田が、同時にこちらをみた。その二人の四つの瞳は、副長が自分自身の将来をしっているのかということを、尋ねている。
かすかにうなずいてみせる。
そのタイミングで、それまで丸くなって眠っていたはずの相棒が、起きていることに気がついた。伏せの姿勢で鼻面をぴったりと床につけてはいるが、黒い瞳は、じっとこちらを向いている。
いつものように違和感を覚える。だが、いまはそれにプラスして、きき耳を立てられているような気にもなってしまう。
双子の話になると、きまってきき耳を立てているような気がするのは、気のせいか。
双子は、相棒のこともよむことができる。もしかして、チクられている?いいや、逆の発想で双子が相棒に頼んでいるとか?相棒は、双子のスパイってやつなのか?
かんがえすぎだろう、きっと。妄想がすぎる。
「土方さん。自身のこと、わかってるんだろう?」
永倉の詰問口調が耳に飛び込んでき、はっとした。
「おれたちも、そのことをしっている。俊冬があんたに似ているってことで、以前から懸念してるんだ。あんたなら、これだけいやぁわかるよな?」
永倉はそこで言葉をきり、副長にかんがえる時間をあたえた。
「それともなにか?あいつらを利用するだけ利用して、最後に身代わりになってもらおうとでも・・・・・・」
「新八っ!」
その副長の声は、おおきくなかった。怒りとか憎しみとか、そういうものが含まれているわけではない。それなのに、やけにズシンときた。
永倉は口をつぐみ、その隣で原田は吐息をついている。島田は、どうなることかとはらはらしているようだし、野村は狸寝入りしつつきき耳を立てているだろう。
そして、相棒もまた、このやりとりをしっかりみききしている。
「悪かった。あんたが身内にたいしてかように非情なこと、思いつくわけないよな」
永倉は、副長と視線をあわせることなくつぶやいた。副長は、そのそらぞらしいいい方に、ただ両肩をすくめただけである。
「・・・・・・いいや、新八。おれは目的のためなら、なんでもやる汚い男だ。芹澤さんや山南さんのときのようにな。わかっているだろう?」
永倉も原田も、はっとした表情になる。
芹澤は、新撰組の初期の時分に筆頭局長をしていた。永倉とは「神道無念流」の同門で、相当な遣い手であった。が、控えめにいっても暴れすぎた。それこそ、スポンサーである会津藩が、「どうにかしろ」と目をつけるほどに。
そのため、副長や山南、沖田や原田や井上が、芹澤とその手下らを暗殺したのである。
永倉は、その暗殺のメンバーに入っていなかった。おそらく、同門だからはずされたのだろう。同門だから、かれが芹澤を殺れないというわけではない。殺ったことで、永倉の精神の重荷になることがわかっていたからにちがいない。
この時代、流派の同門の絆というのは太い。
永倉は、メンバーからはずされたというよりかはしらされもしなかったことにショックを受け、おそらくはいまだにモヤモヤしているはずである。局長や副長の思いやりでしらされなかったいうことを理解している反面、秘密にされたことにやりきれない気持ちでいるのかもしれない。
そして、山南は試衛館時代からの同志である。藤堂や坂本、おねぇらとは「北辰一刀流」の同門で、「小野派一刀流」の皆伝でもある。
おねぇが新撰組に加入した後、屯所の移転問題で局長や副長と対立し、脱走してしまった。そして、追手の沖田に捕まり、「局中法度」を破ったかどにより、切腹したのである。そのとき、沖田が介錯をつとめた。
屯所移転の問題で対立したことにより脱走した、というのはあくまでも説である。
かれが脱走した誠の理由は、現代でもわかっていない。
副長や永倉らにその理由を尋ねたら、教えてくれるだろうか?
いいや・・・・・・。なんとなくであるが、教えてくれないのではないか。根拠はないが、そんな気がする。
あるいは、副長たちも推察はしていても、誠の理由はしらないのかもしれない。
いずれにせよ、おれ自身、それを尋ねる気はない。
いいや。勇気がないといったほうがいいかもしれない。




