副長の黒歴史
「近藤さんは女子一筋で、男子は女子を抱くべしってかんがえだが、土方さんは女子でも野郎でも気にしないだろう。ほられそうになったってのも、存外、丁稚奉公がいやになって、やめてやるきっかけをつくっただけなんじゃないのか?」
「はあ?左之っ、なになんくせつけてきやがるんだ、ええっ?」
副長・・・・・・。
原田の推測にソッコーブチギレるということは、ビンゴってわけなんだ。
「たしかに、そうですよね。奉公先の商家だったら、女中さんなんかもたくさんいらっしゃったはずです。実際、副長は同僚の女中さんを、しかも年上の女中さんを孕ませるだけ孕ませて、郷里に逃げかえったりしてますし。ちゃんと女性もいるのに、番頭さんが丁稚をセクハラ、いえ、ぶっちゃけやろうとしたというんですか?武士や僧侶だったらまだしも、商家の番頭さんが?まぁ、一般の男性でもそういう性癖の人はいるんでしょうけど、なんだかなぁ……」
「主計、まちやがれ。みてきたようなことを、ぺらぺら語ってるんじゃねぇっ」
副長がまたブチギレた。
これもまた、ビンゴってわけなんだ。
「なんだって?総司から、土方さんが孕ませたって話はきいたことはあるが・・・・・・。ちゃんと決着をつけたんじゃなかったのか?」
「土方さん。あんた、男としても人間としても、最低だな」
永倉と原田は、おたがいに相貌をみあわせている。
「副長・・・・・・。さすがにそれは・・・・・・」
いまや副長の片腕たる島田まで、呆れかえっている。
「くくくくくっ」
さらに、こちらに背を向けて眠っているはずの野村のその背が、めっちゃ震えている。
「すみません、副長。いまの話、たしかに目撃したわけじゃないですよ。もちろん、その場にいなかったんですから。ですが、いまの話はすごく有名なんです。なにせ、あなたはスーパースターですからね。ああ、超有名人って意味です。兎に角、いまの話は、未来の人のおおくがしっていますよ」
ちょっと盛ってみた。もちろん、現代のみんながみんな、しっているわけではない。
「まぁよいではありませんか。これから起こることでしたらかえられるかもしれませんが、起こってしまったことはどうにもなりませんし」
副長ににっこり笑ってみせる。
その胡坐をかく太腿の上で、握り拳がふるふる震えているのをチラ見しつつ。
それにしても、副長の大剣豪のコスプレは、いまだにウケてしまう。
四人とも、しばらくはこの恰好でいるらしい。
かれらのコスプレは、違和感がありすぎる。敵とすれちがったら、「犯罪防止月間」時期のパトロール時の警官同様に、敵から幾度も職質を受けること間違いなしであろう。
「これから起ることでしたら?ってことは、土方さんはこれから将来もやらかすんだ」
原田は、めっちゃうれしそうに喰いついてくる。
「そうなのか?」
副長と視線があうと、不安そうに尋ねてきた。
「さあ、どうでしょうか?」
ちょっと意地悪して、ニヤッと笑ってすっとぼけてみせる。
実際のところは、これからさきは新政府軍との戦いがクローズアップされる。そういう色恋の話題は、取り沙汰されていない。そういう暇もないだろう。もっとも、創作の世界だったらいくらでもあるだろうが。リアルにあるとしても、芸妓やゆきずりの女性との一夜限りの逢瀬程度にちがいない。
おそらく、であるが。
「それで、俊春の「トラウマ」、でしょうか?その話でしたな」
さすがは島田である。横道にそれまくっても、ちゃんと軌道修正してくれる。
「やっぱいいですよね、このノリ」
無意識につぶやいていた。
副長への暴言や意地悪は兎も角、こうやって馬鹿なことをいいあえる。これってやっぱ最高じゃないのか、って心から思える。
こういう馬鹿も、ちょっとまえまではなんの疑問もなく日常的におこなっていた。いまにして思えば、贅沢な話である。
ささやかな日常がなくなり、非日常になったいま、もう二度とやってこないあのころを懐かしむしかないのである。
「ああ、そうだな」
副長のポツリ感がジワる。
副長はそうつぶやいてから、からになっている永倉と原田の杯に徳利をかたむけついでやる。
「すみません」
なにゆえか、謝ってしまう。
「兎に角、かれのトラウマはそうとうなものです。おそらく、一生つきまとうでしょう。それにしても、副長のおっしゃるとおりだとすれば、かれはそうとう我慢していることになりますよ。ってか、新撰組には野郎しかいないのに、それでもそうとわからせぬよう耐えつづけている。だとすれば、逆にすごいことです。しかも、その・・・・・・。おねぇとか将軍とか、実際に寝てるわけですし。恐怖に耐えることほど、心身をけずることはありません」
「兄貴は兄貴でがんばりすぎてるし、弟は弟でがんばりすぎてる・・・・・・。それだったら、いっそのこと追いだしちまった方が、あいつらにとっては・・・・・・」
「それはできねぇっ」
おれにつづいて永倉がいう。が、その途中でさえぎった副長の怒鳴り声は、やけに切羽詰まっていた。
それに驚いたのは、おれだけでなかった。永倉たちも、副長を驚きの表情でみている。
「土方さん、よくきいてくれ。おれたちが案じているのは、あいつらが死んじまうんじゃないかってことなんだ」
永倉は感情的にならず、穏やかな調子でいった。
「いまでも、あいつらは自身の心身を削って新撰組のために働いてくれている。これからますます状況が厳しくなると、あいつらはいままで以上に奔走し、戦い、おおくの生命を護り、助けることになる」
原田もまた同様に、静かに語りかけた。




