拳で語り合おう
「なあ、主計」
副長は笑みをひっこめ、ちゃんと座るようにと合図を送ってきた。すぐさま、胡坐をかきなおす。
「おまえと接してきてたまに思うのだが、おまえのいたところといまでは、ずいぶんと表現のしかたがちがうんだなってな。否、それだけじゃねぇ。言の葉の数や動作が、いまとは比較にならぬほど、おおいなと思っちまう」
「ボス、ユー・アー・ライト」
「ちょっとだまっててくれないか、利三郎」
わりこんできた現代っ子バイリンガルの野村を、にらみつける。
「副長は、おれと話をしているんだ。ってか、副長。未来の話をされるのでしたら、利三郎にいってください。かれは、すでにおれをこえました。もはや、おれはかれについてゆけそうにありません」
「ザッツ・ライト」
調子にのった野村が、拳をつきだしてきた。つられて、かれと拳を打ち合わせる。
「ちがいない」
「たしかにな」
永倉と原田も、そう思っているらしい。
野村の現代人化は兎も角、副長のいうとおりである。現代は、幕末とは比較にならないほど言葉があふれかえっている。ジェスチャーも同様である。
「おまえなら、いまのこの状況で、俊冬と俊春をなんのわだかまりもなく、言の葉や動作でひきとめられたかもしれぬがな」
副長の双眸は、よりやさしげである。
「土方さん、言の葉や動作だけの問題ではないのではないか?そもそも、おれたちは不器用なんだ。馬鹿の一つ覚えみたいに、暴力に頼っちまう。だろう?」
原田は、乾いた笑声をあげる。
その原田の言葉で、副長がさっきの俊春へのパワハラをこえる虐待について語っていることに、やっと気がついた。
「言の葉で「気にするな」とか、「忘れてしまえ」っていって、こいつらが「わかりました」と納得するか?あるいは、「おれたちは、なにも気にしちゃいねぇ」っていって、こいつらの気がはれるか?」
副長のいう『こいつら』というのは、双子のことである。
「おたがい、どんだけ言の葉を積み重ねようが、しょせん、誠の想いは伝えられねぇ。とくに、頭のいいやつは、口が達者な上に言の葉の裏の裏までかんがえちまうんで、余計に想いがからまわりしちまう」
んんんんん?
いまのって、双子だけでなく、副長自身も頭がいいっていう部類にいれているのか?
って、裏の裏までかんがえてしまうおれも、頭がいいって部類に入る?
それは兎も角、たしかに、言葉をつくし、重ねたとしても、伝わる想いとそうでないことがある。
とくに今回のようなケースは、どんなに言葉を投げつけようとも無理かもしれない。
たとえ、現代の言葉やジェスチャーを駆使しようとも。
ゆえに、暴力を?文字どおり、拳で語るってやつ?
SNS上なら、すぐに議論されそうな方法だ。
が、なんとなくであるが、暴力のあふれる時代に生き、それに慣れているかれらなら、暴力のほうが言葉よりよほど効果的なんじゃないかと漠然と考えてしまった。
「今後、此度のことにいっさい触れるなとはいわねぇ。しょせん、無理な話だからな。そんときには、たがいに負い目やわだかまりってのがよみがってくるだろう。おれは、それでいいと思ってる。そんときゃまた、暴力でわかりあえばいい。その繰り返しだ。ゆえに俊春、いいな?つぎからは、一方的に殴られてんじゃねぇ。おまえらにはおまえらのいい分や想いがある。それを、遠慮なくぶつけろ。俊冬も了承してる」
兄の名をだされると、俊春はこくりとうなずき了承する。
「って、つぎのときは、永倉先生がいらっしゃらないのです。副長みずから、拳で語るわけですね」
「馬鹿いってんじゃねぇっ!」
確認しただけなのに、めっちゃ怒鳴られた。
「おれがなんで、かような野蛮なことをせにゃならん。拳で語る?拳で語るまでもねぇ。言の葉でわからせてやる。それが、おれだ。そういう野蛮なことは、主計、おめぇにやらせるにきまってるだろうが」
「はああああああ?」
いってることが矛盾しまくっている。ってか、めっちゃ思い付きだ。
だいいち、おれが拳で語り合おうとしたら、俊冬も俊春も永倉のときとはちがい、なんの遠慮も躊躇もなく、語り合いに応じてくるだろう。
ちょっ・・・・・・。
そうなったら、一方的に語られまくり、おれは顔面血まみれどころのさわぎではなくなるにちがいない。
それこそ、ジャ〇おじさんにあたらしい相貌を焼いてもらわねばならない。いや、体もだ。それこそ、いろんな味わいがたのしめる菓子パンになってしまう。
そのとき、永倉と原田、つづいて俊春が笑いだした。
島田と野村もである。野村は、欠伸をしつつ笑っている。
かれも疲れきっているのだ。いろんな意味で。
おれも、いろんな意味で心身ともにくたくたである。
「明日、おれはこのまま中山道をくだって、林信と矢田と合流する」
「あいつらも心細いだろう。おれは、土方さんたちと日光街道を北上し、隊に追いつくつもりだ」
原田と永倉が話をしている。
かれらとせっかく再会できたが、また離れ離れである。




