ムカつく理由(わけ)
原田に抱えられるように尻餅ついている永倉、ひっそりと胡坐をかいている島田と野村、それから、俊春に寄り添うようにお座りしている相棒。みな、おれをみている。
もちろん、副長も。
そうだった。いまや、副長が局長なんだ。局長が斬首されたいま、すべての権限が副長に渡ったのである。
「俊冬殿から事情をきかれなかったんですか?」
「きいた。いや、無理矢理しゃべらせた」
副長がだまっているので、かわりに原田が答えた。
「ゆえにさっき、土方さんがいったろう?『こいつらのことをわかっちゃいねぇ。かんがえちゃいねぇんだ』ってな。わからないか?そこじゃないんだよ、主計」
「そこじゃないって・・・・・・。原田先生、だったらいったい・・・・・・。おれは馬鹿だから、なにがどうなっているのかわかりません。言葉にしていただかないと、理解できません」
「言の葉にできればしているさ。だろう?」
島田は、そういいつつ立ち上がった。
「島田、これをつかえ」
その島田に、副長が懐からだした手拭いを放り投げる。
「おお、そうでした。わたしのは、俊冬のときにつかったのでしたな」
かれはそうつぶやいてから、お堂をでていった。
「こいつらは、最後の最後まで抗ってくれた。おれたちにはできねぇこと、否、かんがえもおよばねぇことまでやって、助けてくれようとした。しかも、新撰組がやってるって印象が残らねぇように、てめぇら自身が悪者になってな」
副長の視線が、するどく突き刺さる。が、トレードマークの眉間の皺は、さほど濃くも深くもない。
「むかつくどころか感謝してる。その点に関してはな」
「では、なにゆえです?なにゆえ、かれらをズタボロにしなければならないのです?かれらが一番傷ついてるんですよ。それは、おわかりですよね?」
これはいったい、なんの問答だ?いまだ、おれにはさっぱり理解できない。
おれの左横で、野村が溜息をついた。
それが、呆れかえってるってふうに感じられたのは気のせいか。
「副長っ!」
副長にガンを飛ばされ、一瞬怯んでしまった。それでも、せいいっぱいの虚勢をはりまくる。
「その睨みに負けませんよ。睨んでないで、なんとかいってください」
まるで、悠然と構えている大型犬に吠え立てる小型犬みたいだ。
そのとき、肘をつかまれたので跳びあがりそうになってしまった。反射的に、相貌だけうしろへ向けると、血まみれの相貌が数十センチと距離をおかずにあったので、よりいっそう驚いてしまった。予期せぬホラー展開に、悲鳴がでそうになったのを、必死に呑み込む。
「やめてくれ、主計。わたし、否、わたしたちのせいで、おぬしが心を砕く必要はない。もう大丈夫だから」
俊春である。血まみれのなかに、悲しげな瞳だけが際立っている。みえるほうの瞳もみえぬほうの瞳も、おれを気遣うように細められている。
「大丈夫じゃないでしょう?あんなに殴られて、怖い思いをして・・・・・・」
またしてもいい淀んでしまう。これ以上は、デリケートな部分である。過去になにがあったか、本人から直接きいたわけではない。あくまでも、おれの想像である。軽々しく口にだすものではないだろう。
なんとつづけようかと迷っているうちに、島田が戻ってきた。ちいさな桶と、かたく絞った手拭いをもっている。ちいさな桶の上の方は、砕かれたように割れてしまっている。
ちかくに井戸があるらしい。
おそらく、それもあってホームレスや旅人が一夜の宿とするのかもしれない。
「おれがやる」
永倉が立ち上がろうとするのを、原田が制する。
「おまえの馬鹿力じゃ、俊春も痛いだけだ」
原田は、島田から桶と手拭いを受け取って俊春の横に座ると、かれの相貌の血糊をぬぐいはじめた。
「いくらなんでもやりすぎだ」
ごついナイチンゲールは、独り言のようにつぶやく。
「悪かったよ。自身、なにゆえかわからぬのだ。二、三発って思ってたのに、気がついたら・・・・・・。俊春、すまぬ」
永倉は胡坐をかきなおし、深々と頭を下げる。
「永倉先生、おやめください。あなたのせいではありませぬ」
めずらしく胡坐をかいている俊春は、血まみれの掌をふって永倉に頭をあげるよう合図を送っている。
「動くな、俊春。ちょっとまて。拭っておわったら、いくらでも新八を殴っていいからよ」
「左之、おまえなぁ」
「永倉先生に殴るよう仕向けたのは、わたしです」
原田に血糊を拭ってもらいつつ、俊春は謎めいたことをいう。その俊春の掌をなめようと、相棒が鼻面を突きだし、舌をだしかけている。
「相棒、だめだ」
狂犬病のことがある。万が一のことを考慮し、とっさにとめてしまった。
相棒が、思春期の息子がウザい父親をみるような瞳でにらんできた。
だが、そこは譲れない。




