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涙の謝罪

 おれの左隣で、利三郎が鼻をすすりあげた。かれも、ずいぶんとがんばってくれた。さんざんからかわれたりいじられたりいびられたりしたが、かれがいなければ精神的に折れてしっまっただろう。


 そして、右隣の俊春は・・・・・・。


「申し訳ございません。謝罪ですませられることではありませぬが、どうか兄を赦してやってください。わたしが悪いのです」


 かれはいきなり叩頭し、泣きながら謝罪しはじめた。

 自分が悪いのであって、兄はわるくない。かれは、おなじことを何度も繰り返す。


 俊冬もつらいだろうが、かれのつらさも半端ないのがわかる。


「俊春殿、やめてください」


 かれのおかげで涙がとまった。両腕をかれの華奢な両肩へと伸ばし、上半身を起こそうと試みた。が、びくともしない。


 いまにも崩れ落ちそうな床の上で握りしめられた拳は、真っ白になっている。かれの震える拳の上で、蝋燭の灯のゆらめきがダンスをしている。


「副長、あなたが護りたいものを護り抜くと、約定、したにも・・・・・・かかわらず・・・・・・、護るどころか・・・・・・掌にかけて・・・・・・」


 かれの嗚咽まじりの言葉が床を這う。拳だけではなく、華奢な体が震えている。


 どこかからか、「ホーホー」ときこえてくる。コノハズクだろうか。呑気な鳴き声をきいていると、眼前で泣いている俊春の苦悩がよりいっそうこの身にこたえる。


 いつの間にか、相棒が起き上がっていて、伏せの姿勢で俊春ににじりより、鼻先をかれの右の脇腹におしつけている。


 やっかみなどではなく、相棒は誠に俊春のことが好きなんだ。っていうよりかは、俊春のことが弟みたいに心配なのかもしれない。

 副長とおなじように・・・・・・。


 永倉と原田は、ともにつらそうな表情かおで俊春をみている。島田と利三郎は、涙を流しながらみている。


 いまのかれになにをいっても、おそらくはききいれてはくれないだろう。

 いま、かれはあらゆるものにおしつぶされている。そのかれを救うことは、おれたちにはできないのかもしれない。


 そのことは、おれだけでなくこの場にいる全員がわかっている。


 またもや、自分自身の不甲斐なさにうちのめされてしまう。

 かれの精神こころによりそい、ともに泣くことすらできないのである。


「かっちゃんは、立派だった。だが、残される者のことをかんがえちゃいねぇ。そこんところは、ぶん殴ってやりてぇほど腹立たしいぜ」


 そのとき、副長がぼそりとつぶやいた。すでに泣きまくったのだろう。いまは、存外さっぱりとした表情かおである。


 いや・・・・・・。


 副長のことである。そうみせかけているだけかもしれない。ぶっちゃけ、強がっているだけなのかも。


「こいつらのことをわかっちゃいねぇ。かんがえちゃいねぇんだ」


 つぶやきが、嗚咽にまじってぼろぼろの床の上に落ちてゆく。


 副長は、俊春の叩頭する華奢な背からお堂の向こうへと視線を移した。


 お堂の入り口は、おおきな二枚引戸になっているが、ほかの箇所同様ぼろぼろで、かろうじて体裁を保っているって感じである。


 大型台風か震度5か6の地震でもくれば、一発でふっ飛んでしまうだろう。

 ってか、そのときには、お堂じたいがなくなってしまうにちがいない。


「新八、やれ」

「ええ?いいのかよ、土方さん」


 とつじょ、副長と永倉が謎のやり取りをはじめた。


「いやだっていうんなら、左之、おまえが・・・・・・」

「わかった、わかったよ。やればいいんだろう?気がすすまないってのに」


 永倉は片膝だちになると、こちらへにじりよってきた。


「俊冬のときはよろこんでやってたじゃないか、新八よ」

「なんだと、左之。あれも嫌々だった。土方さんのめいだから、仕方なしにやったんだ」

「さっきのじゃない。寛永寺でのことだ」

「ああ?まだいいやがるのか?」


 永倉と原田の怒鳴りあいに怯えたのか、お堂が震えた。天井から、ぱらぱらと埃か木屑かがわからないものが降ってきた。


 寛永寺?

 そうだ。将軍警固の際、将軍の伽の相手をするよう俊冬が俊春に命じたという。寛永寺で謹慎する将軍の警固を新撰組がつとめられるよう、俊春が身をうったのである。


 ひとえに、局長の望みをかなえるために。


 それを命じたのは自分だと、俊冬はきっぱりといった。誠はちがう。命じたというよりかは、将軍が俊春を気に入っていたのを利用し、俊春みずから相手をつとめたのである。が、俊冬は責任をひっかぶった。


 永倉は、そうとわかっていた。それでも、やりきれぬ気持ちを制御できず、振り上げた拳をおろすことができなかった。

 永倉は、俊冬を一方的にボコしたのである。それこそ、死んでしまうんじゃないかと思うほど。


 それ以降、原田はそのことで永倉をいじりまくっている。


 って、思いだしている間に、永倉は叩頭したまま泣きじゃくっている俊春のまえまでやってきた。分厚く節くれだった左掌が、俊春の右肩に置かれた。


 刹那、わずかに気の質がかわった。

 そんな気がした。


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