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怪我の真相

「利三郎、主計、俊春・・・・・・。誠に、無事でよかった」


 副長はもう一度俊春の頭をなでてから、おれたち三人をみまわしていう。

 

 そのいい方があまりにも切なすぎて、またしてもつよい哀しみに襲われてしまう。同時に、緊張の糸がぷっつりと途切れるの感じられる。

 ゆえによりいっそう、大泣きしてもいいかもって脳内変換されているのかもしれない。


「それにしても、原田先生は靖兵隊を抜けたんですよね?永倉先生は?」


 尋ねると、原田が応じる。


最初はなっから気にいらなかったからよ。一応、おれたちが副隊長ってことにはなってるが、やる気のない旗本の坊っちゃんたちがでかい面してやがる。敵のにおいがしはじめると、そりゃぁもううまい具合に避け、ふらふらと移動するって寸法だ。いっしょについてきた林信はやしん矢田やだらも、不信感のかたまりになっててな。おれが抜ける際に林信と矢田を誘って抜けたんだ。あいつらには、中山道の深谷宿でまつよう、いいおいている。おれは、やはり気になってな。一人、江戸に戻ってきたってわけだ。それに、新八とは江戸で会う約定をしてたんでな。あれから、二人でみにゆこうって話し合って決めたんだ」


 原田は、そういっきに語りおえた。

 

 林信とは林信太郎はやししんたろうのことで、原田の十番組の伍長の林と区別するため、そう略して呼んでいるわけである。


 林は、靖兵隊として水戸で戦い、死ぬはずだ。

 かれらが新撰組からでてゆく際、永倉と原田にそれを告げておいたのである。


 その林と矢田、中条なかじょう前野まえの松本まつもとが、永倉と原田とともに、新撰組からでていったのである。


「このまま丹波にいって、総司や平助の相貌かおをみ、それから今後のことをかんがえるつもりだ。とりあえずは、林信と矢田の無事が先決だろう?」


 原田は、そう話をしめくくる。


 永倉と視線があうと、かれは一つうなずく。


「案ずるな。おれは戻る。戻って適当なところで残りの三人を連れて抜ける。いまのところは、宇八うはちが独特の嗅覚で戦闘を避けまくってるからな。だが、敵も江戸城をとり、幕府の牙城を奪ったからには、討伐もきびしくなるだろう。避けたり逃げたりするのも困難になる。おれ一人なら、あるいは左之といっしょなら、なんなりと対処できるが、矢田らがいてはそうもゆかぬ。腐りきった靖兵隊のために、あいつらを死なすわけにはゆかん」


 永倉は、何年かぶりに再会した幼馴染の市川宇八郎いちかわうはちろうに反感をもっている。永倉が京で活躍したのが気に入らなかったのか、すっかりかわってしまったようだ。そんな市川と昔のようにつるむなど、ある意味まっすぐな性格の永倉ができるわけがない。

 ゆえに、新撰組からでていって靖兵隊にくわわるのも不承不承だった。


 真面目なかれは、おれが後世に伝わる事実・・を伝えたばかりに、それに縛られているのだ。


「おいっ、主計。それはなしだ」


 またしてもよまれてしまった。ソッコー、怖い表情かおでツッコまれてしまう。


「すみません」


 史実に縛ってしまっていることと、そのことをいついつまでもくよくよしている双方にたいして、詫びる。


「詫びるな、馬鹿」


 向かいで胡坐をかいている永倉が、掌を伸ばしてきておれの頭をがしがしする。

 

 言葉はきついが、その掌はあたたかい。


「それで、土方さん。あんた、その脚は大丈夫なのか?」


 雰囲気をかえようとでもいうのか、原田のすらりとした指が胡坐をかく副長の足先をさす。

 

 包帯に覆われた足首からさきは、ずいぶんと痛々しそうにうかがえる。


「ああ?これか?こんなもの、なんともねぇ。抜けるための方便だ。一石二鳥だろうが、ええ?超絶カッコよくって頭脳明晰で腕の立つ参謀土方歳三が、宇都宮城攻略で脚を負傷するっていう既成事実をつくり、史実にそった。で、その治療のため、ひそかに江戸へ戻るっていういいわけもできたわけだ」


 なるほど・・・・・・。


「はぁ?いまのほとんどが、ぽちたまの貢献だろうが。あんたのは、最後の悪知恵だけだろう?」


 永倉と原田が、いっせいにツッコんでくれた。


 思わず、全員で笑ってしまう。


「よかった」


 笑いがおさまってくうると、思わずつぶやいていた。またしても涙があふれだし、今度はそれをとどめることができない。


「すみません」


 みんなにみえないよう、うつむいて二の腕でごしごし双眸をこする。

 やはり、緊張の糸がきれたことで、感情があらわになっている。


「泣きたいだけ泣け。わたしも、暗くなるまで涙がとまらなかった」


 永倉の隣で胡坐をかいている島田が、涙声でいってきた。

 

 かれならきっと、大号泣しまくったのだろう。想像に難くない。剣豪の付き人か小者かはわからないが、かれの粗末な木綿の着物に尻端折りっていう恰好は、四人のなかではまだましなほうだ。


 島田だけではない。そこまで大号泣でなくとも、副長も永倉も原田も暗くなるまで、ここで涙を流したにちがいない。



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