ツンツンデレデレ
「バロメーター?なんだそれ?」
「いいんですよ、永倉先生」
ツッコむところがちがう。ピシャリというと、永倉は口をつぐんだ。
「なんだよ、利三郎。ちがうにきまってるじゃないか。相棒は、天邪鬼なんだ。親しい者ほど、そっけない態度なんだよ。ツンデレってやつだ」
「ツンデレ?わたしには、兼定はおまえにたいしてツンツンしかしていなくって、ぽちにはデレデレしかしていないようにみえるが?」
「だーっもうっ、いいんだよ!兎に角、そういうわけなんだ。利三郎。おまえなぁ、おれになんの恨みがあるっていうんだよ」
「恨み?ノー・キディング。ジャスト・メイク・ファンノブ・ユー。マジ、メンディーだわ」
「はぁ?おまえ、マジで幕末の人間か?」
もうついてゆけん。
「餓鬼ども。朝まで勝手にやってろ」
副長のその声で視線を向けると、みな、背を向けとっととあるきだしている。
相棒の綱は、俊春が握っている。そして相棒は、その俊春の脚許にまとわりつきつつ、うれしそうにかれをみあげている。
それはどこからみても、鋼の絆で結ばれている飼い犬と飼い主の図であった。
がっくりきてしまう。それこそ、道の真ん中で四つん這いになってしまうほどに・・・。
道中、副長が処刑後のことを語ってくれた。
宮川勇五郎。後の近藤勇五郎に、刑場のちかくであったそうだ。その際、俊冬が遺体のことを伝えたという。
勇五郎は、すぐさま局長の実家にしらせ、引き取る手はずをするといったらしい。
この後、かれは局長の婿養子になり、天然理心流五代目宗家を継ぐことになる。
それは兎も角、俊冬が伝えたって・・・・・・。
勇五郎は、いったいどう思っただろう。
「あいつに手抜かりなどあるか。おれたちのまえにあらわれたとき、粗末な着物に着替え、いつものように尻端折りまでしてやがった。勇五郎は、ちっとも気付きやしなかったろう」
まえをゆく副長が、振り向きもせず教えてくれた。
まぁたしかに、あんな立派な裃姿で江戸の町をあるいていたら、目立ってしょうがない。
そういう細かいところにまで気を配っている俊冬は、さすがである。
そんなこんなでついたさきは、板橋宿から徒歩三十分ほどあるいた、中山道をはずれたところにある集落の空き寺であった。
月明かりの下、すこしさきに藁ぶき屋根の民家が数軒、ぼーっと浮かび上がっている。もちろん、この時間帯である。灯火が灯っているわけもない。それらも空き家なのかどうかはわからない。
そんなにおおきくはない。
夜目になれた瞳でざっと確認したところ、くずれかかっているお堂のなかには、ご本尊らしきものがみとめられない。とっくの昔に盗まれたのであろう。
ボロさ加減から、百年かそれ以上の間放置されている可能性がたかい。
ぞろぞろと入り込んだ。島田が蝋燭に灯を灯したので、さしておおきくない内部がぼーっと明るくなった。その明るさのなか、再度内部に視線はしらせた。
意外にも、塵芥が積もりに積もっている感がない。屋根も床も壁も、ところどころ穴があいていたり崩れてはいるが、風雨をしのぐには問題はないだろう。
ホームレスや旅人が、ときおり利用しているのかもしれない。
「ったく、こいつらはできすぎてる」
穴やくずれかかっている箇所を避け、思い思いに胡坐をかいた。
副長が、開口一番そういった。その視線は、俊春のほうへ向けられいる。
相棒もあがりこんでいて、俊春のうしろで丸くなっている。
「事前に、ここまで準備してやがった。おれたちがくるってこともみこしてな」
副長はきれいな右掌を伸ばすと、おれの右隣で正座している俊春の頭をがしがしとなでた。
「主計、それから利三郎、返しておこう」
島田は背に負っていた籐駕籠を引き寄せると、そこにおおきくて分厚い掌をつっこみ、二振りの刀をとりだした。それから、刀をそれぞれに手渡してくれた。
「主計、これもだ」
島田は、つぎに懐に掌をつっこみ、懐中時計をとりだした。それも渡してくれた。
「之定」は左太腿にくっつけるようにして床に置き、懐中時計は軍服の内ポケットにいれた。
「俊冬は、忠助に託した文のなかに『万が一のときにはここにこい』、と記していたんだ。きてみりゃ、四人分の衣装が準備してあるじゃねぇか。おれと島田だけじゃねぇ。こいつらは、新八と左之もくるってこともよんでやがったってわけだ。だろう?」
がしがしと頭をなでつづける副長の掌の下で、俊春がひかえめに笑みを浮かべる。
「ゆえに、島田とここで着替え、新八と左之の分をもって板橋にひきかえしたってわけだ。そうしたら、刑場のちかくでいかにもってのが二人、うろうろしてやがる」
苦笑を浮かべる副長。
副長は、再会をよろこぶよりもまえに、永倉と原田に変装させたにちがいない。
なるほど・・・・・・。
だからこそ、あのとき、俊春はすぐにみやぶれたってわけだ。
なぜなら、自分たちで準備したものだからである。
それにしても・・・・・・。
双子は、よみや推測というよりかは確信していたわけだ。
副長と島田、そして、永倉と原田が板橋にあらわれる、ということを。




