表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

732/1254

ツンツンデレデレ

「バロメーター?なんだそれ?」

「いいんですよ、永倉先生」


 ツッコむところがちがう。ピシャリというと、永倉は口をつぐんだ。


「なんだよ、利三郎。ちがうにきまってるじゃないか。相棒は、天邪鬼なんだ。親しい者ほど、そっけない態度なんだよ。ツンデレってやつだ」

「ツンデレ?わたしには、兼定はおまえにたいしてツンツンしかしていなくって、ぽちにはデレデレしかしていないようにみえるが?」

「だーっもうっ、いいんだよ!兎に角、そういうわけなんだ。利三郎。おまえなぁ、おれになんの恨みがあるっていうんだよ」

「恨み?ノー・キディング。ジャスト・メイク・ファンノブ・ユー。マジ、メンディーだわ」

「はぁ?おまえ、マジで幕末ここ人間ひとか?」


 もうついてゆけん。


「餓鬼ども。朝まで勝手にやってろ」


 副長のその声で視線を向けると、みな、背を向けとっととあるきだしている。


 相棒の綱は、俊春が握っている。そして相棒は、その俊春の脚許にまとわりつきつつ、うれしそうにかれをみあげている。


 それはどこからみても、鋼の絆で結ばれている飼い犬と飼い主の図であった。


 がっくりきてしまう。それこそ、道の真ん中で四つん這いになってしまうほどに・・・。


 道中、副長が処刑後のことを語ってくれた。


 宮川勇五郎。後の近藤勇五郎に、刑場のちかくであったそうだ。その際、俊冬が遺体のことを伝えたという。

 勇五郎は、すぐさま局長の実家にしらせ、引き取る手はずをするといったらしい。


 この後、かれは局長の婿養子になり、天然理心流五代目宗家を継ぐことになる。


 それは兎も角、俊冬が伝えたって・・・・・・。

 勇五郎は、いったいどう思っただろう。


「あいつに手抜かりなどあるか。おれたちのまえにあらわれたとき、粗末な着物に着替え、いつものように尻端折りまでしてやがった。勇五郎は、ちっとも気付きやしなかったろう」


 まえをゆく副長が、振り向きもせず教えてくれた。


 まぁたしかに、あんな立派な裃姿で江戸の町をあるいていたら、目立ってしょうがない。

 そういう細かいところにまで気を配っている俊冬は、さすがである。



 そんなこんなでついたさきは、板橋宿から徒歩三十分ほどあるいた、中山道をはずれたところにある集落の空き寺であった。

 月明かりの下、すこしさきに藁ぶき屋根の民家が数軒、ぼーっと浮かび上がっている。もちろん、この時間帯である。灯火が灯っているわけもない。それらも空き家なのかどうかはわからない。


 そんなにおおきくはない。


 夜目になれたでざっと確認したところ、くずれかかっているお堂のなかには、ご本尊らしきものがみとめられない。とっくの昔に盗まれたのであろう。

 ボロさ加減から、百年かそれ以上の間放置されている可能性がたかい。

 

 ぞろぞろと入り込んだ。島田が蝋燭に灯を灯したので、さしておおきくない内部がぼーっと明るくなった。その明るさのなか、再度内部に視線はしらせた。

 意外にも、塵芥が積もりに積もっている感がない。屋根も床も壁も、ところどころ穴があいていたり崩れてはいるが、風雨をしのぐには問題はないだろう。


 ホームレスや旅人が、ときおり利用しているのかもしれない。


「ったく、こいつらはできすぎてる」


 穴やくずれかかっている箇所を避け、思い思いに胡坐をかいた。


 副長が、開口一番そういった。その視線は、俊春のほうへ向けられいる。


 相棒もあがりこんでいて、俊春のうしろで丸くなっている。


「事前に、ここまで準備してやがった。おれたち(・・・・)がくるってこともみこしてな」


 副長はきれいな右掌を伸ばすと、おれの右隣で正座している俊春の頭をがしがしとなでた。


「主計、それから利三郎、返しておこう」


 島田は背に負っていた籐駕籠を引き寄せると、そこにおおきくて分厚い掌をつっこみ、二振りの刀をとりだした。それから、それをそれぞれに手渡してくれた。


「主計、これもだ」


 島田は、つぎに懐に掌をつっこみ、懐中時計をとりだした。それも渡してくれた。


「之定」は左太腿にくっつけるようにして床に置き、懐中時計は軍服の内ポケットにいれた。


「俊冬は、忠助に託した文のなかに『万が一のときにはここにこい』、と記していたんだ。きてみりゃ、四人分の衣装が準備してあるじゃねぇか。おれと島田だけじゃねぇ。こいつらは、新八と左之もくるってこともよんでやがったってわけだ。だろう?」


 がしがしと頭をなでつづける副長の掌の下で、俊春がひかえめに笑みを浮かべる。


「ゆえに、島田とここで着替え、新八と左之の分をもって板橋にひきかえしたってわけだ。そうしたら、刑場のちかくでいかにもってのが二人、うろうろしてやがる」


 苦笑を浮かべる副長。


 副長は、再会をよろこぶよりもまえに、永倉と原田に変装させたにちがいない。


 なるほど・・・・・・。


 だからこそ、あのとき、俊春はすぐにみやぶれたってわけだ。

 なぜなら、自分たちで準備したものだからである。


 それにしても・・・・・・。


 双子は、よみや推測というよりかは確信していたわけだ。


 副長と島田、そして、永倉と原田が板橋にあらわれる、ということを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ