主計の態度のでかさと兼定の尻尾バロメーター
原田にギュッと抱きしめられた。
背のたかいかれに抱きしめられると、自分がちっちゃな女の子になったような気がする。
俊春みたいに、堪能するまで抱きしめられたらどうしよう・・・・・・。
ときめいて、いやいや、いろんな意味で緊張してしまう。
が、原田はあっさりとはなれてしまった。つづけざまに、野村をハグしている。
おいおい、原田よ。このハグの持続時間の差はなんだ?
野村とおれは、俊春の百分の一程度の時間だったぞ。
永倉も、俊春を解放している。
「それで、人の褌で相撲をとったのに、これみよがしに自慢しまくる副長の話は、この際どうでもいいんです」
原田のあつかいにショックを受けつつ、副長にツッコんでみた。
「おま・・・・・・。主計、ちょっとの間だってのに、ずいぶんと成長したじゃないか」
「新八の申すとおりだ。副長大好きのおまえが、かようなことをいうようになるとは・・・・・・」
その永倉と原田の指摘は、逆におれを驚かせた。
いまのツッコみが、なにゆえおれの成長や副長の好き度にかかわりがあるっていうんだ?
「ああ、気がついたか。おまえら組長がいなくなってからだ。成長だぁ?そりゃぁ態度がって意味なら、超絶成長してやがる。おれをどんだけ傷つけてることか。わかるか、新八、左之?」
おれにかわって応じたのは、副長である。
「ええ?おれは、以前とおなじですよ。副長を尊敬し、敬い奉り、下僕のごとく仕えています。それなのに、なにゆえいいがかりなどおっしゃるんですか?」
副長がちいさく笑いだした。すると、永倉と原田と島田も笑いだす。もちろん、野村と俊春も。
往来は、人どころかネズミやイタチの気配すらない。だからとはいえ、往来で馬鹿笑いなどすれば、占領軍の治安部隊が飛んできかねない。
「主計。おまえ、気がついていないのか?俊冬のことに気がいきすいぎていて、土方さんのことをぼろかすにいってるぞ」
永倉は上半身を折り、身をよじって笑っている。それでも、笑い声はかなりおさえているが。
「やっぱ、新撰組がいいな」
そして、原田もまた、笑いすぎて目尻に浮かぶ涙を拭っている。
いまの原田のつぶやきは、心からって感じでキュンときてしまった。
「ええっ?うそっ!」
死語かもしれないが、ギャルみたいに両掌を口にあてて叫んでいた。
正直、自覚がなかった。
たしかに、失礼すぎたかもしれない。
俊冬のことを心配しすぎてということもあるが、副長にたいして厚かましくなりすぎているのかもしれない。
野村のことをモンスター隊士となじったことがあるが、おれもおなじじゃないか。
「『うそっ』って・・・‥。なにゆえおれが、土方さんの鼻もちならぬ行動のことで、かようなうそなど申す?」
「新八。おまえはあいかわらず、おれにたいして辛辣だよな」
「ええっ?うそっ」
副長のツッコミに、おれのリアクションをパクる永倉。しかも、ちゃんと口に両掌まであてている。
それが意外に可愛くて、また笑いがおこる。
「副長、申し訳ございません。永倉先生のご指摘どおりです。今後、もしもおれが生意気なことをいったら、あとでやさしく遠回しに注意してください」
「ああぁ?あとで遠回しだぁ?主計、ガキどもに訓練してもらうか?犬が悪いことしたら、すぐに叱らなきゃ忘れちまうって、まえにいってなかったか?」
副長にダメだしの上、ツッコまれてしまった。
そういえば、京にいた時分、副長に犬の訓練の心得みたいなことを語ったような気がする。
ってか、いまのって、おれが犬にたとえられてる?
ってことは、相棒の散歩係から、ついには犬に降格?
そっか。じゃぁいつも自分たちのことを犬だっていってる、俊冬や俊春と同格ってわけだ。
「ちがうだろうがっ!」
おれの心のなかの結論を、ソッコーでみなにツッコまれてしまった。
しかも、俊春にまで。
「兎に角、かような時刻にかようなところで騒いでたら、敵兵がすっ飛んでこねぇともかぎらねぇ。移動するぞ。おっと、そうだった。兼定、おまえも案じてたんだったな」
副長は、そういっておれたちのまえに相棒の綱をさしだしてきた。
おれたちというのは、野村と俊春とおれである。
やはり、相棒を刑場には連れていくわけにはゆかず、すこしはなれたところに立っていた木にくくりつけ、人間だけでみにいったらしい。
野村と俊春とおれのまえにさしだされた綱・・・・・・。
当犬は副長の脚許でお座りし、おれたちをみあげている。
相棒は、特別に謁見を赦してやった貧民をみる王様のように態度がデカい。もとい、堂々としていて貫禄充分である。
まず、野村をじっとみつめた。
尻尾の振りは、100%中70%くらいだろうか。土の上で、パタパタパタと音を立てている。
鼻面が、つぎはおれへと向けられた。
うそだ。さっきより、尻尾フリフリの勢いが弱まっていないか?
い、いや。きっと、バッテリーがきれかかっているんだ。ライトの光が弱まってくるのとおなじように、相棒の背に仕込んであるアルカリ乾電池が、終止電圧をむかえようとしているにちがいない。
そして、鼻面は俊春へと・・・・・・。
う、うそだ。うそだっていってくれ。
相棒の尻尾は、いまや芭蕉扇のごとく風を巻き起こしそうなほど、フリフリしている。
「兼定の尻尾のフリフリは、大好き度のバロメーターなんだな」
現代っ子バイリンガルの野村が、とんでもない仮説をぶってきた。
しかも、ニヤニヤ笑いのムカつく表情で。




