ハグと胡椒爆弾
小柄な俊春は、大柄な原田にハグされてその背にすっぽりと隠れてしまっている。だが、かれの両腕がのびているのがみえる。
原田にハグをし返そうかどうか、躊躇しているっぽい。
俊春・・・・・・。
ちょっとかわいいかも。
「いいかげんにしねぇか、左之。そんなに抱きしめたら、俊春が死んじまうだろうが、ええ?」
おおっと。副長の雷が、原田に直撃した。
「おれだけじゃない。俊冬の分までやってるんだ」
原田は、あいかわらずである。副長の雷もどこ吹く風だ。
ってか、懲りずにまだハグやってる。
「よし、堪能した」
それから数十秒後、原田はやっと俊春を解放した。
原田は満足そうだが、俊春はくしゃくしゃになってる。
「堪能した?」
永倉と野村とでハモッてしまう。
「おっと、忘れていた。ぽち、さっきの『よくやった』っていうのは、俊冬からの言伝だ」
原田よ・・・・・・。
ハグに夢中のあまり、肝心なことを忘れるなんて。
「ということは副長、俊冬殿に会ったんですね?」
うしろに立つ副長に体ごと向き直ってから、副長が怪我をしていることにはじめて気がついた。
草履をはく左足に、包帯がこれみよがしに巻かれている。
「ええ?脚、負傷したんですか?」
あれだけ負傷するって話をしたのに、気をつけなかったのだろうか?
だとすれば、ドンくさすぎやしないか?
「なんだと、主計?」
「あっい、いえ。ドンくっさいなんて思ってもいませんから」
「って、思ってんじゃねぇか」
「す、すすすみません」
一応、めっちゃごめんなさいを口と体とで表現する。
「間者に襲われたんだよ」
「ええっ?」
驚いたのは、島田と俊春以外である。
「参謀付きの従者ってんで配属されてきたやつが、間者兼刺客だったってわけだ。戦の最中、おれと秋月殿の位置を敵にしらせてやがった。どうりで、本陣にばっか大砲の玉がわんさか落ちてくるって思ってたんだ。まっ、それは兎も角、かような状況下でも、このおれの策略と采配で宇都宮城を落としたがな。でっその途中、間者が襲ってきやがった」
「もしかして、その従者に脚を撃たれたか斬られたかしたんですか?それで副長は、その従者を斬ったんですか」
「ああ?わかってたからよ。撃たれも斬られるもするんか。おれの最高最強の奥義を喰らわしてやったんだ。そうしたらよ、間者の野郎、よろよろふらふらとふらつきやがってな。そこに、兼定が吠え立て尻をがぶってやったら、野郎、飛び上がって逃げだした。そこへ、うまいぐあいに敵の抜刀隊が突っ込んできて、野郎は斬られちまった。ああ、そうか。野郎にとっちゃぁ、敵じゃなく、味方に殺られたってことになるな」
「最高最強の奥義?」
永倉と原田、野村と利三郎とともに、つぶやいてしまった。
おれもふくめ全員、めっちゃ不信感もあらわな声音である。
島田がふいた。副長の脚許にいる相棒も、けんけん笑いをしている。
「これだよこれ。改良に改良を重ね、完璧の代物だ。新八、まえにおまえがいってた勝負に、おれも参加するぞ。実証済みだしな」
編み笠の下で、副長のニヒルな笑みがひらめいた。
浪人風の着物の懐からでてきたものは、ちいさな紙風船である。
「まさか、胡椒爆弾?」
例の胡椒爆弾である。
これで俊春にイタイ目にあわされているというのに、そのあと改良に改良を重ねたんだ。
副長。そのガッツを、是非とも剣術のほうにまわしていただきたい。
この場にいるだれもがそう思っているにちがいない。
それは兎も角、『土方歳三が逃げる従者の背を斬り捨て、それをみた仲間は奮起し、見事宇都宮城を攻略した』という土方歳三の厳しい一面を語るエピソードは、ずいぶんとコメディタッチになりはててしまったようだ。
おれだけでなく、永倉も原田も利三郎も、「さすがは土方さん」、「さすがは副長」と、ビミョーな感心の仕方である。
「いまのどこをほめてくれてるのかはわからんが、宇都宮城攻略法、それから間者が潜入しているだろうから、身辺に気をつけるよう教えてくれたのは、俊冬だ。あいつがいなくなった深更、忠助に文を預けていてな。そこにびっしり記していてくれてたってわけだ。なぁそうだろう、俊春?おまえらが、宇都宮城を物見し、策を練ってくれたんだろう?」
副長の表情に、やわらかい笑みが浮かぶ。
俊春は、はにかんだ笑みの浮かぶ相貌を上下させ、それに応じる。
できた双子ってどころの騒ぎじゃない。
できたなんてレベルなど通りこし、神がかり的にすごすぎる。
「俊春」
おつぎは、永倉の番である。野村とおれ同様、かれは腕を俊春の頸にまわすと、ぐいぐいしめつけている。
原田のセクハラ行為につづき、おつぎは永倉の暴力である。
俊春もほとほと気の毒である。
「さぁっ、つぎはおまえらだ」
いや、俊春だけではなかった。原田は、野村とおれにたいしても、セクハラ行為をしたいらしい。
かれは腕をひろげ、いかにも「カモンッ ベイビィ」って感じでまちかまえている。
ドキドキしながら、原田にちかづいてゆく。




