高台寺
高台寺は、何度か訪れたことがある。
現代にいた頃に、である。
人力車のバイトでお客さんを乗せていったし、プライベートでもぶらっと訪れた。
ねねの道沿いにあるその一画は、じつに厳かな雰囲気を醸しだしている。
ちかくには、坂本龍馬や中岡慎太郎、桂小五郎あらため、木戸孝允や、高杉晋作の墓所がある、霊山護国神社もある。拝観料を支払い、坂を上ってゆく。
それらは、京阪電鉄「祇園四条」駅からだと、ぶらぶらあるいてゆける距離だ。
高台寺じたいは、かの戦国の覇者の一人豊臣秀吉の正室であるねねが、晩年を過ごした地であることで有名である。
そのなかにある月真院を、御陵衛士は屯所としている。
高台寺は、現代よりも厳粛なオーラに包まれている。
刺客騒ぎから三日ほど経ったその夜、坂井に連れられ、高台寺を訪れた。
もちろん、深更、こっそりである。
ばれれば、「切腹」、である。
三日間様子をみたが、刺客たちは二度とあらわれなかった。監察方の調べでも、刺客らがうろついているという情報どころか、その気配すらないらしい。
その結果を踏まえ、作戦の遂行に戻ることとなった。
坂井とおれは、高台寺のながくつづく塀にそってずいぶんとあるいた。
つけられていないか、確認する為である。
現代は、狭い道に土産物などの店が立ち並んでいる。高台寺じたい、夜半はライトアップしていることから、遅くまで人通りがある。
だが、この時代にはそういったものがあるわけもなく、ずいぶんと見通しがいい。
尾行者がいれば、一目瞭然というわけだ。
最初、おれは相棒も連れてゆきたいといいはった。
「相棒なら、他人の気配を察知する」、と説明した。
だが、即座に、というよりか、刹那以下に却下された。
「お嫌いなのだよ、獣が・・・」
坂井は、必要以上におれの顔に口を寄せ、そう囁いた。
「ああ、獣は獣でも、四つ脚に限定されるけどね・・・」
必要もないのに、耳に熱い息を吹きかけながらさらに囁いた。
いろんな意味で、突っ込みたくなった。
まぁ目標は兎も角、高台寺じたいに犬を連れてゆくのはどうか、というごく一般的なマナーのこともある。
致し方なく、相棒は子どもらに託すことにした。
おれたちは、尾行者や怪しげな者がいないことをしっかり確認し、小さな門をくぐった。それから、月真院を横手に、そのちかくにある橡林に入っていった。
満月が頭上にぽっかり浮いている。すぐちかくに池がある。そこに、丸いお月様がきれいに映っている。
夜目にも、それがみえるということが、不思議である。幻想的だ。このあとのことがなければ、しばしうっとり眺めていたい。
副長だったらきっと、いい句を、その良し悪しはともかく、詠んだに違いない。
「お待ちかねのようだ・・・」
右側にいる坂井が、そう囁きながらおれの掌を握ろうとする。
すでにその気配を察したので、自分の右掌を額にかざし、遠くをみるふりをしてそれを回避する。
ひときわ大きな木の傍に、人間が二人立っているのが、月明かりの下はっきりとみてとれる。