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別れと再会

「のちほど、報奨金を送ろう。惜しみなく協力してくれたとして、横倉家も主家の岡田家も安泰じゃ」


 公卿は、矢来内の兵士たちだけでなく、見物人たちにもきこえるようきっぱりと告げた。


 かれは、本物の横倉、それから、横倉の仕える岡田家は、なんのお咎めなくすませることを、保証してくれたのである。


「さぁ、役目はおわった。もういってよいぞ。此度のことは、一生忘れられぬであろう。横倉・・、おぬしの手練と務めにかける想いをな。今後、どこかであいまみえる日もこよう。そのときには・・・・・・」


 公卿は、中途で言葉をとめた。そのつづきは、容易に想像できる。


『横倉ではなく、敵として存分に戦い、討とう』


 そうつづけたかったにちがいない。


 あくまでも、横倉喜三次が処刑したということにしてくれるらしい。味方には箝口令をしくだろう。

 

 さすがに、見物人たちには箝口令それをしくのは無理だ。だが、いま矢来の外にいる人は、このときのことを好んで占領軍に語るわけもない。

 

 これは、いわゆる不祥事である。偽者と気づかずに罪人にちかづけたことにはじまり、罪人や偽者の男気にうちのめされ、結局、偽者に討たせたとあっては、立会人たる自分たちの立場が危うくなる。


 後日、調べられたとしても、かれらは口裏をあわせてすっとぼけるにちがいない。あるいは、公卿あたりがうまく根まわしするかもしれない。


 どちらにしても、近藤勇は処刑されたのである。

  

 この事実がある以上、だれも必要以上にツッコんでこないはず。


 斬を斬り落としたのが、横倉でなかったとしても、である。


「俊冬殿っ!戻ってきてください。まっています。みんなであなたを、あなたのかえりをまっています。それに、弟とはなれたら、力がでないんですよね?弟もそうなんですから。だから、だから・・・・・・」


 公卿にせかされ、俊冬は立ち上がって弟に合図を送った。それから、去ろうとする。

 そのかれの背に、自分でも情けないって確信できるベタな台詞を投げつけた。


 かれのあゆみがとまった。そして、体ごとこちらへ向き直る。


 不謹慎ではあるが、裃姿が凛々しくてカッコいいとガン見してしまう。

 

 副長の裃姿も、こんな感じなのかなと脳内で想像し、自分で驚いてしまう。


「そうだな。力がでぬ。ゆえに、弟を頼む。それから、ありがとう、は・・・・・・」


 かれがそこまでいいかけたとき、脇の入り口から小隊が入ってきた。さきほど土佐藩の立会人がいっていた、後片付けを任されている兵士たちであろう。

 

 その騒がしさで、俊冬の最後の一語がきこえなかった。


 兵士たちに双眸を奪われたすきに、かれの姿は消えていた。


 そして、背後を振り返ると、矢来の向こうの副長たちの姿も消えていた。


 副長たちが俊冬に接触し、どうにかかれをつなぎとめてくれればいい。

 またもや他力本願全開モードであるが、心からそう願わずにはいられない。


 それから数時間後、おれたちは解放された。

 ってか、迷い犬か猫のごとく、ほっぽりだされた。


 別れ際の俊冬の最後の一語が、やけに気になった。が、それもときが経つにつれ、忘れてしまった。


 

 結局、局長の生命いのちを救えなかった。それどころか、逆に救われた。

 

 これが、現実である。

 もう二度と、こんな想いはごめんである。


 副長のときは、なにがなんでも・・・・・・。


 陽が暮れ、人けのない板橋の路上である。

 四つの人間ひとと、一頭の四つ脚の動物の影が、浮かび上がっている。


 それをみつめつつ、そう決意した。

 それから、野村と俊春とともに、影へと向かってダッシュした。


「おまえら・・・・・・」


 農夫の恰好をしている二人のうちの一人が、ごつい腕を伸ばしてきた。永倉である。かれは、こちらが身構える暇をあたえるはずもない。右腕は野村の頸に、左腕はおれの頸に、それぞれ腕をまわしてぐいぐいしめつけてきた。

 

 日数にすれば、一か月半くらいである。それでも、この一か月半は精神的にハードであった。頸に絡む永倉の筋肉質の腕、それから馬鹿力があまりにも懐かしくて、涙がでてしまう。


 野村も感極まってる様子で、頸をしめられている。


 涙にぬれるを原田へ向けると、かれは俊春のまえに立ち、両腕を伸ばしかけている。

 

 俊春の身が、いろんな意味で危険なのでは?、とはらはらしてしまう。


 俊春の身にふりかかる不幸は、なにも怪我や病気、不慮の事故だけではない。貞操を奪われるようなことになれば、兄貴に殺されて、いや、おなじ目にあわされるかもしれない。


 永倉もそれに気がついたらしい。かれの動きがとまった。それでやっと、ごつい腕から解放された。


 野村もふくめ、原田がどうでるかうかがってしまう。


「よくやった」


 原田はそれだけいい、俊春をハグした。


 刹那、俊春の体が硬直したように感じられたのは、気のせいだろう。

 まぁ、あらゆる意味でヤバい原田にハグされたら、だれだって不安になるだろう。女性なら兎も角、野郎おとこならなおさらだ。


 ほほえましいハグは、ってか、ハグにしちゃぁずいぶんと長すぎないか?

 フツー、ハグってのは挨拶だから、長くても数十秒って単位じゃないのか?


 ってか、まだハグやってる。さすがに数分って単位になると、ハグっていわないんじゃないのか?

 抱きしめてるっていう、表現になるのではなかろうか?


 ってか、もはやセクハラじゃないのか?

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