表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

727/1255

近藤勇という漢(おとこ)

 局長の第一印象は、現代に残っている写真どおりめっちゃエラのはったごつい相貌かおだってことだ。

 web上で、写真を何度もみた。もちろん、写真アプリをつかって修正やデコッているわけではない。ゆえに、そのまんまの姿なのだから驚く必要もない。が、ムダに驚いてしまった。


 兎に角、口がでかい。宴会芸で、口のなかに拳をいれることができるというのもうなずける。それから、でかい声である。でかい声に悪い人はいないというが、まさしくあてはまる。


 なにより、かげんもせずに肩をバンバン叩いてくるのには参った。ひそかに「局長バンバン」と名付けたそのスキンシップは、肩の骨がばらばらになりそうなほど痛いにもかかわらず、あたたかくてやさしいものであった。

 新撰組の隊士たちは、この「局長バンバン」が大好きである。


 喜怒哀楽が激しく、おれたちの話をよくきいてくれたし、自分のこともよく話してくれた。トップにありがちな傲慢さや近寄りがたい雰囲気というのは、いっさいない。それどころか、低姿勢でおれたちとつるみたがった。


 でかい相貌かおとごっつい体のわりには、繊細である。そのせいで、神経性胃炎を患ったこともあった。胃がキリキリと痛むってところなどは、現代の中間管理職さながらの苦労人ってところを垣間見せてくれた。


 それから、女たらしってところもある。やさしいから、女性がほうっておかないのであろう。


 もちろん、剣術においてはめっちゃ強いしめっちゃかっこいい。

 局長ほど、剣豪という表現がぴったりの剣士はいないだろう。


 局長は、誠の武士さむらいである。


 それ以前に、りっぱなおとこであり、人間くさいひとである。


 ともにすごしたのは、七、八か月。たったのそれだけである。たったのそれだけしか、すごせなかった。


 おれがもっとうまくたちまわるなり心配りさえすれば、史実どおりの結果にならずにすんだのだ。そして、双子に想像を絶する苦しみを味あわせずにすんだにちがいない。



首級くびは、板橋ここで三日さらされた後に京でさらされることになる」


 土佐藩の立会人が、叩頭したまま声を落としていう。


「おそらく、京に到着してから三条河原にて三日間」


 おれは、そのことをしっている。土佐藩の立会人は、情報をこっそりもらしてくれているのである。


 ゆっくりと頭をあげると、いやでもリアルが生々しく迫ってくる。


 向こう側で、双子も頭をあげている。ついでに、土佐藩の立会人も。


「体は?遺族に引き渡してもらえないんですか?」


 土佐藩の立会人に尋ねると、かれは一つうなずく。


「小者に適当に埋めさせ、兵を隠して奪いにくる郎党を捕縛する予定であったが・・・・・・。わたしの責において、丁重に扱う。兵も置かぬ。できるだけはやく、まいるよう伝えてくれ。おぬしらも、このあとなるべくはやく開放する。本来なら、出身の藩に身柄をあずけることになるが、かようなことをしてもせんなきこと。とっとと江戸からでてゆくがいい」


 局長の死が、あれだけ傲慢だった土佐藩の立会人をここまでかえてしまった。

 死とひきかえに、人間ひとの心を根底から揺さぶりくつがえしたのだ。


 おれたちがそんなやりとりをしている間でも、双子はけっしてこちらをみようとしない。


 俊冬がいったことを、あらためて思いだしてしまう。


『絶望させることになる。恨まれ、軽蔑されることになる・・・・・・』


 かれは自分の勝手な想像どおり、野村やおれが絶望し、かれを恨み軽蔑していると思っているんだ。


 声を掛けようとしたタイミングで、俊冬が膝立ちになった。局長の頸のない亡骸まで静かに膝行すると、丁重に仰向けに寝かせた。


 いっぽうで俊春は、「二王清綱」を土佐藩の立会人に差しだしている。


「かなり抵抗されたので、手荒にしてしまった。岡田家の納屋に猿轡をかませ、縄で縛って転がしている。窒息しているやもしれぬ。そうそうに助けてやってくれ」


 俊冬は、局長の亡骸にを落としたままつぶやくようにいう。


 本物の横倉のことである。

 加担しているように思われぬため、さらには、何者かに『なりすまされる』という不手際をツッコまれぬため、俊冬は最大限の配慮をしているのだ。


「俊冬殿っ」


 かれをとめなければならない。本能がそう告げている。このままでは、かれはあらゆる意味で遠くへいってしまう。


 局長の亡骸に膝でにじり寄り、亡骸ごしにかれの左腕をがっしりとつかんだ。一瞬、かわされるかと思った。かれなら、こちらの動きを把握しているからである。が、かれはおれにつかまれるに任せた。


 かれは、視線を局長の頸のない体に落としたまま、けっしてあげようとしない。


 無意識のうちに、その視線をおっていた。そして、あらためて頭部のない死体をみた。いや、正確にはその切断面を。


 現役の時分ころですらみたことがなかった。麻薬にかかわるトラブルで、頸が半分もげかかっている極道やくざの死体や、頭部の一部が切断され、頭のなかのいろんなものがはみだしているものなどはあっても、頭部そのものがないというのは一度もなかった。


 もちろん、猟奇的殺人というのは日本にもある。切り刻んだり、切断したり・・・・・・。生きているままおこなったり、殺した後におこなったり、常軌を逸した殺人を犯す者はたしかにいる。ちがう課であれば、そういう現場にでくわす刑事でかもいるだろう。


 ありがたいことに、おれにはそういう経験がなかったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ