近藤勇という漢(おとこ)
局長の第一印象は、現代に残っている写真どおりめっちゃエラのはったごつい相貌だってことだ。
web上で、写真を何度もみた。もちろん、写真アプリをつかって修正やデコッているわけではない。ゆえに、そのまんまの姿なのだから驚く必要もない。が、ムダに驚いてしまった。
兎に角、口がでかい。宴会芸で、口のなかに拳をいれることができるというのもうなずける。それから、でかい声である。でかい声に悪い人はいないというが、まさしくあてはまる。
なにより、かげんもせずに肩をバンバン叩いてくるのには参った。ひそかに「局長バンバン」と名付けたそのスキンシップは、肩の骨がばらばらになりそうなほど痛いにもかかわらず、あたたかくてやさしいものであった。
新撰組の隊士たちは、この「局長バンバン」が大好きである。
喜怒哀楽が激しく、おれたちの話をよくきいてくれたし、自分のこともよく話してくれた。トップにありがちな傲慢さや近寄りがたい雰囲気というのは、いっさいない。それどころか、低姿勢でおれたちとつるみたがった。
でかい相貌とごっつい体のわりには、繊細である。そのせいで、神経性胃炎を患ったこともあった。胃がキリキリと痛むってところなどは、現代の中間管理職さながらの苦労人ってところを垣間見せてくれた。
それから、女たらしってところもある。やさしいから、女性がほうっておかないのであろう。
もちろん、剣術においてはめっちゃ強いしめっちゃかっこいい。
局長ほど、剣豪という表現がぴったりの剣士はいないだろう。
局長は、誠の武士である。
それ以前に、りっぱな漢であり、人間くさい仁である。
ともにすごしたのは、七、八か月。たったのそれだけである。たったのそれだけしか、すごせなかった。
おれがもっとうまくたちまわるなり心配りさえすれば、史実どおりの結果にならずにすんだのだ。そして、双子に想像を絶する苦しみを味あわせずにすんだにちがいない。
「首級は、板橋で三日さらされた後に京でさらされることになる」
土佐藩の立会人が、叩頭したまま声を落としていう。
「おそらく、京に到着してから三条河原にて三日間」
おれは、そのことをしっている。土佐藩の立会人は、情報をこっそりもらしてくれているのである。
ゆっくりと頭をあげると、いやでもリアルが生々しく迫ってくる。
向こう側で、双子も頭をあげている。ついでに、土佐藩の立会人も。
「体は?遺族に引き渡してもらえないんですか?」
土佐藩の立会人に尋ねると、かれは一つうなずく。
「小者に適当に埋めさせ、兵を隠して奪いにくる郎党を捕縛する予定であったが・・・・・・。わたしの責において、丁重に扱う。兵も置かぬ。できるだけはやく、まいるよう伝えてくれ。おぬしらも、このあとなるべくはやく開放する。本来なら、出身の藩に身柄をあずけることになるが、かようなことをしてもせんなきこと。とっとと江戸からでてゆくがいい」
局長の死が、あれだけ傲慢だった土佐藩の立会人をここまでかえてしまった。
死とひきかえに、人間の心を根底から揺さぶりくつがえしたのだ。
おれたちがそんなやりとりをしている間でも、双子はけっしてこちらをみようとしない。
俊冬がいったことを、あらためて思いだしてしまう。
『絶望させることになる。恨まれ、軽蔑されることになる・・・・・・』
かれは自分の勝手な想像どおり、野村やおれが絶望し、かれを恨み軽蔑していると思っているんだ。
声を掛けようとしたタイミングで、俊冬が膝立ちになった。局長の頸のない亡骸まで静かに膝行すると、丁重に仰向けに寝かせた。
いっぽうで俊春は、「二王清綱」を土佐藩の立会人に差しだしている。
「かなり抵抗されたので、手荒にしてしまった。岡田家の納屋に猿轡をかませ、縄で縛って転がしている。窒息しているやもしれぬ。そうそうに助けてやってくれ」
俊冬は、局長の亡骸に瞳を落としたままつぶやくようにいう。
本物の横倉のことである。
加担しているように思われぬため、さらには、何者かに『なりすまされる』という不手際をツッコまれぬため、俊冬は最大限の配慮をしているのだ。
「俊冬殿っ」
かれをとめなければならない。本能がそう告げている。このままでは、かれはあらゆる意味で遠くへいってしまう。
局長の亡骸に膝でにじり寄り、亡骸ごしにかれの左腕をがっしりとつかんだ。一瞬、かわされるかと思った。かれなら、こちらの動きを把握しているからである。が、かれはおれにつかまれるに任せた。
かれは、視線を局長の頸のない体に落としたまま、けっしてあげようとしない。
無意識のうちに、その視線をおっていた。そして、あらためて頭部のない死体をみた。いや、正確にはその切断面を。
現役の時分ですらみたことがなかった。麻薬にかかわるトラブルで、頸が半分もげかかっている極道の死体や、頭部の一部が切断され、頭のなかのいろんなものがはみだしているものなどはあっても、頭部そのものがないというのは一度もなかった。
もちろん、猟奇的殺人というのは日本にもある。切り刻んだり、切断したり・・・・・・。生きているままおこなったり、殺した後におこなったり、常軌を逸した殺人を犯す者はたしかにいる。ちがう課であれば、そういう現場にでくわす刑事もいるだろう。
ありがたいことに、おれにはそういう経験がなかったのである。




