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大大炎上す

「百姓ふぜいが、斬首でも上等ではないか。本来なら、鋸引きや磔であるところを、せめてもの恩情で斬首にしてやったのだ。とっととおわらせよ。暑くてかなわぬ。水風呂で汗を流したい・・・・・・」


 はい、炎上。「YouTube」ででも再生していたら、いい意味にでも悪い意味にでもバズりまくっているにちがいない。再生回数も半端なく上昇するはず。


「それでも武士さむらいかっ!」

「そうだそうだ、それでもおとこかよっ!」

「人殺しっ!」

「てめぇらなんか、でてゆきやがれっ!」


 現代のネットワークなど必要ない。矢来の向こうにいる人々が自分のでみ、感じ、それがそのまま非難となって飛んできた。


 一人の人間ひとの野次は、またたくまに伝染してゆく。気がつけば、「ジャ〇ーズ」や韓流のコンサートのファンの歓声並みに、群衆の叫びがおこっている。


 土壇場でのアクシデントである。


 俊冬に視線をはしらせると、その表情かおのなかに憤怒だけではなく、狡知な色がうかがえる。


 斬れなかったのは、自分都合だけではなかったのだ。ときをかせいで焦らすことで、土佐藩の立会人をキレさせるためでもあったにちがいない。


 この場にいる見物人たちの、土佐藩の立会人への心証をますます悪くするために。さらには、かれの味方の心証それをも悪くさせるために。


 大騒ぎになったことで、土佐藩の立会人は逆ギレしている。警固人や付き人、見張り、あらゆる兵士たちに「どうにかせい」と叫びまくっている。


 その左右で、ほかの立会人たちは冷めた表情かおになっている。

 さっきの発言は、さすがにフォローする気もおこらないであろう。


『パーン』


 乾いた音が空気を斬り裂く。さらにもう一度。


 赤い腕章をつけた兵士が、銃を天に向けて発射したのである。


 その二度の威嚇発砲で、見物人たちはわれに返った。

 静けさが戻ってきた。


「だれであろうと、騒ぐ者は撃つ」


 土佐藩の立会人の勝ち誇った態度に、矢来の向こうの人々の嫌悪と憎悪がくすぶるのを感じる。

 それに気がつかぬのは、本人だけだろう。


「さっさとせぬかっ!もはや我慢ならぬ」


 土佐藩の立会人は、俊冬に吠えたてる。


「謝罪いたせ」

「なんだと?」


 至極冷静な俊冬の要求に、土佐藩の立会人はキョトンとしている。


「きこえたであろう?謝罪いたせ。さきの発言は、あまりのもの。さすがにすておけぬ」

「はぁ?なにゆえ?」


 公卿からいわれても、かれはまだわからぬらしい。


「やつは罪人だ。それに、誠のことを申したまで。それをなにゆえ謝罪せねばならぬ?」


 さらに逆ギレする土佐藩の立会人。もはや、救いようがない。


 威嚇発砲のおかげで、またもやおとずれた静寂。その中心にいるのは、局長ではない。俊冬である。いや、俊冬が演じる頸斬り人である。


人間ひとよ。なにゆえそこまで他者ひとを貶められるのだ?なにゆえ矜持を踏みにじり、尊厳を奪うのだ?」


 かれは、右掌に握る「二王清綱」を肩に担ぎあげつつ穏やかに問う。これまでとは一転し、不気味なまでの穏やかさで。


 その穏やかさの根底に、かれのいう人間ひとへの憤怒と憎悪が、マグマとなってわきたっている。それこそ、噴火する直前のように。それを、いったいこの場にいるどれだけの人が、精神こころで、肌で、五感で感じているだろうか。


「な、なにを申しておる?やつは、京でやりすぎた。そ、それから、天子様に逆らった。百姓の分際でだ。これらは、斬首でもあがないきれぬ罪だ」


 俊冬は、その馬鹿馬鹿しい戯言を冷ややかな表情かおできいている。


 結局、土佐藩の立会人は、個人的には局長が百姓だったことが許せないらしい。

 身分制度の厳しい土佐の上士らしい思考といえばらしいんだろう。


 だが、やはり人間ひととしては最悪だ。

 そのことは、かれの両隣にいる公卿と長州の藩の立会人たちも含め、全員が思っているだろう。


 俊冬の相貌かおに、笑みが浮かんだ。同時に、「二王清綱」がかれの右肩からはなれ、ゆっくりと薄日射す空へとあがってゆく。その剣先が天頂を指し示したとき、おれの右頬にかすかな風を感じた気がした。


 えっと思って右横を向いたとき、「二王清綱」が振り下ろされた。


 またしても、奇蹟を目の当たりにした。


「二王清綱」の剣先が、土佐藩の立会人のうなじにあたっているのだ。


 まさしく剣先それは、うなじにぴたりとくっついた状態で静止ている。


 右膝をわずかにずらすと、異物にあたった。視線を右膝へと落としてみる。右膝に踏まれているそれは、ついさきほどまで俊春の体を縛っていた縄であった。


 とんでもない光景である。とんでもなさすぎて、おれと同様この場にいるだれもが、言葉をだすどころか息さえするのを忘れている。


 それほど、衝撃的な光景である。


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