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誠の理由

 かれは、すこしはなれたところに三方それを置くと、局長のところへと戻った。膝は折らずに立ったまま、立会人たちに体ごと向きなおる。


 立会人たちは、ムカつくほどにやにや笑いを浮かべている。


「斬首の理由をしりたい」


 俊冬はもう涙を流してはいない。

 いま、その相貌かおにあるのは、底しれぬ怒り、そして、得体のしれぬ不気味さである。


 立会人たちは、この期におよんでのまさかの問いに、当惑している。


 かれらにすれば、『いまさら?』って感じであろう。


武士さむらいの頸を斬るのです。誠の理由をしらされてもいいでしょう?」


 俊冬は、立会人たちがだまっているのでさらに問いかける。


「いかにっ!」


 それでもまだだまっている。かれは、両眼をひんむいて迫る。これはもう尋ねているというよりかは、詰問だ。


 土佐藩の立会人が、ちかくに立つ士官に合図を送った。すると、その士官は当惑したようにいいはじめる。


「われわれに逆らったためです。甲府、それから流山で・・・・・・」

「逆らった?大久保剛、あるいは大久保大和が、ではないのか?」

「い、いえ・・・・・・」


 士官は、座している立会人にちらりと視線を向けた。それからまた、おずおずと口をひらく。


「その名が偽りで、近藤勇と判明した時点で、幕府、い、いえ、徳川家へ糾問いたしました。すると、大久保大和なる人物は、徳川家とはなんの関係もなく、近藤勇にいたっては逐電し、好き勝手をやっている。徳川家とはなんの関係もない・・・・・・。その、煮るなり焼くなり・・・・・・やってくれと・・・・・・」


 最後の方は、士官もさすがにいいにくかったのであろう。ほとんどきこえなかった。


 史実では、幕府から目付が駆けつけ、いましがた士官が述べたようなことをいって見捨てたのである。


 そのようにいうようにと、だれが入れ知恵したのか想像に難くない。


 わかってはいるが、怒りがこみあげる。これだけ忠義を尽くし、すべてを投げうって働いてきた局長を、あっさりばっさり切り捨て敵にうり渡すなど、畜生にも劣る行為というものではないのか。


 江戸城、ひいてはおおくの江戸の町の人々を助けたいのなら、自分たち、いや、自分が責任を全部かぶればいい。


 勝海舟・・・・・・。あらためて、憎悪してしまう。


「それだけか?味方に見捨てられた、それだけなのか?」


 俊冬は、声をはりあげ問う。

 見物人も含め、ここにいる全員にきこえるように。


 かれの視線は、狼狽しまくりの士官にではなく、土佐藩の立会人へと向いている。


武士さむらいとは、なんだ?戦人いくさびととはなんだ?人間ひととはなんだ?」


 さらに問う。


 ここまでくれば、立会人たちも不審に思うだろう。並んで座っている三人の相貌かおに、困惑がくっきりと浮かんでいる。


「一度も干戈をまじえず、武装放棄した上で斥候に投降した。斥候にである。投降するよう勧告する使者にではない。それを、斬首にするのか?しかも、敵である徳川家、否、幕府の助言にしたがって?笑止っ!」


 俊冬は、歌舞伎役者みたいに大仰なみぶりで笑ってみせる。


 いまや、ここだけ宇宙に飛ばされたかのように静かである。見物人たちも、息をひそめて俊冬に注目している。


「薩摩藩の意見に、耳朶をかたむけるべきであったな」


 それは、土佐藩の立会人に向けられたものである。そうと気がついた土佐藩の立会人の体がびくりと動いたのが、はっきりとわかった。


「さしたる証拠もなく、否、それどころか近藤と新撰組が関係のないことをしっているのに、すべてを押しつけ、藩の不手際を葬ろうというのか?」


 その指摘に、土佐藩の立会人の顔色がいっきにかわった。かれの両隣で、公卿と長州藩の立会人の相貌かおに、クエスチョンマークが浮かんでいる。


 薩摩藩は、再三せめて切腹にといいはった。が、土佐藩が斬首をゴリ押しした。坂本龍馬と中岡慎太郎殺害の報復のためである。谷干城たにたてきが、それを強硬にいいはった。つまり、私怨である。


 だが、真実は別にある。谷らは、坂本龍馬がなにゆえ暗殺されたかをしらない。だれ()にされたかにしか、こだわっていない。

 だれがそうさせたのか、ではなく。


 谷の意見を、土佐藩が藩をあげて容認した。そのうえで、藩をあげて支持したのである。


 新撰組が、坂本と中岡を暗殺した。ここで局長をその罪で斬首し、決着けりをつけてしまおう。


 冤罪を成立させることで、土佐藩の一部が暗殺に関与していたことを闇に葬り去ろうというのだろう。


 谷は、その真実をしらない。私怨とはいえ、かれは純粋に仇を討ちたいだけなのだ。


 俊冬は、その真実をギリギリの表現で指摘しているのである。


「なにを、なにを申すか?それに、貴様はなんだ?たかが頸斬り人が、わが土佐藩を愚弄するのか?」


 双眸をおおいたくなるほど、土佐藩の立会人はビビっている。しぼりだすようにして叫んだ声は、ビビりすぎてすっかり裏返っている。


「死人に口なし、か?両人も、あの世でさぞかし無念であろうな」

「だ、だれの、だれのことを申しておる?」


 土佐藩の立会人は、ますますテンパっている。それを横目に、公卿と長州藩の立会人がこそこそと会話をかわしている。


「貴様はなんだ、だと?答えてやろう。「眠り龍」という二つ名をもつ、ただの頸斬り人だ」


 こういうときの俊冬は、クールでカッコいい。ここまで格がちがうと、土佐藩の立会人が哀れに思えてくる。


「「眠り龍」?」


 公卿と長州藩の立会人の相貌かおの色がかわった。かれらは、噂なりともきいたことがあるのかもしれない。が、土佐藩の立会人はそれをきいたことがないらしい。


「ふんっ」


 虚勢ってバレバレだが、鼻を盛大にならした。

 

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