「がむしん」対人斬り
さすがは永倉である。
示現流の初太刀を、後ろに飛び退ってかわした。着地したときには、すでに両掌で柄が握られ、八双の構えを取っている。
着地したところから、なんの迷いもなく一気に間合いを詰める。八双の構えからの突き。それを、編笠もまた、うしろへ飛び退ってかわす。
永倉は、体格のわりに動きがすばやい。先の先を得意とするかれは、すでに編笠が自身の攻撃を後退してかわすことをよんでいる。詰めた位置から追いすがる。二打目の突きも、一打目とおなじ威力と速さを伴っている。その鋭い剣先が、さらに飛び退ろうとした編笠の、編笠をとらえる。
編笠が、宙を舞う。
その下にあらわれた河上の相貌には、狂気じみた笑みが満面にひろがっている。
たとえ、いかなる相貌があらわれようが、永倉は気にも留めない。さらに間を詰める。つぎは、下段。禁忌の膝下からの払い技である。左掌一本で、「手柄山」を左最下方から右上方へと斬り上げる。
さらにうしろへと飛び退る、河上。
「きんっ!」
金属同士のぶつかり合う、耳障りな音。
同時に、陽光の下でもはっきりとみてとれるだけの火花が散る。
河上は、右掌一本で握る得物で、永倉の禁忌技を受け止めた。掌首を相当ひねらないと、なしえぬ技。
敵ながらすごい、と感嘆せずにはいられない。
永倉は、自身の技を難しい姿勢から受け止められたことにも、まったく動じない。
そして、永倉もまた、やわらかい掌首をもっている。斬り上げた位置から、そのまま掌首を返す。
上段に構える。空いた右掌は、柄にかかっている。脚は、そのままさらに間を詰める。示現流もかくや、というほどの威力を備えた上段からの真っ向斬り。
河上は、それを体を右へ開いてかわそうとする。
が、永倉は、真っ向斬りから突如、軌道をかえた。河上がいた位置に振り下げられた剣先が急停止し、そのまま右へ、体を開いたばかりの河上の腹部に、喰らいつく。
永倉の掌首の柔軟さは半端ない。
力いっぱい振り下げた刀を、丹田の位置より上で止めるのは至難の技である。掌首の柔軟さにくわえ、左掌の小指と薬指の力がなければできない。
河上の女っぽい相貌に、驚愕の色がはしる。それでも、かれは「四大人斬り」、と怖れられるだけのことはある。そのまま体を開こうとする。
もはや、刃で防ぐには遅すぎる。
だが、負傷した脚がそれを許さない。体を開こうとして、失敗した。ふらついてしまう。そこを、永倉の「手柄山」がとらえる。
剣先が、河上の右腕から腹部へとはしる。
「ちっ!」
永倉は、このときはじめて声を発した。
河上の右上腕部から、鮮血が迸る。
河上の相貌に、笑みはない。あらゆる表情が失われている。苦痛も、驚愕も・・・。
三人のうちの二人をまえにし、おれは冷静である。
通行人の悲鳴も驚きの声も、耳に入ってこない。
向かって右側の男の懐に入り、肩からぶつかる。背中に、痛みがはしる。
まさかの体当たりを喰らった男は、みじかい悲鳴とともにうしろへ吹っ飛ぶ。
左側の男には、まわし蹴りを喰らわせる。これもまた、不意打ち。得物を構えた相手が、よもや体当たりや蹴りを放つなど、すくなくとも、この時代のまっとうな剣士なら予想しない。
もちろん、副長をのぞいて。
左側の男は、右側の男よりも遠くに吹っ飛んでしまう。立ち並ぶ民家の壁に激突し、そのままどさりと地に落ちる。
これが現代の格闘術、である。
剣だけでない。真剣を帯刀しない現代では、格闘術の方が重きをなすし、多用する。当然のことである。
原田も、器用に戦っている。面白いのは、すべて突き技ばかり遣っているところであろう。刀を槍にみたて、突いて突いて突きまくる。槍の名手らしい攻撃方法、というわけか。
その原田の突き技が、相手の左肩に入った。こちらもまた、左肩から鮮血を迸らせ、原田の相手は悲鳴とともにくず折れる。
河上をはじめとした刺客たちは、あらわれたときとおなじように無言のまま消えた。
とはいえ、助け合いながらヨロヨロと、である。
おれたちは、追わなかった。
すでに、目明したちが駆けつけている。こういったことは、かれらの仕事であるから。
それが、町での暗黙の了解というわけである。
三浦のことを思いだしたのは、屯所に戻ってからであった。