いまここにいる理由
「冗談だったら、どれだけいいことか・・・・・・」
俊春は、嗚咽まじりに語る。
それは、局長自身の望みであり、依頼であると・・・・・・。
局長は自分の死期を悟ったとき、切腹させられると推測した。ゆえに、介錯を頼みたいと、二人に依頼したのである。
二人は、ソッコー断った。真実をしっているからである。しかし、二人は局長の性質をしっている。そのため、その役目をあらゆる意味で避けられぬことを悟った。
ゆえに、俊冬はその時点で髪を伸ばしはじめた。
武士として、役目をつとめるために。
その後、局長は、おれの表情から真実をしってしまったのであろう。
「最高最強の剣士に、頸を討たれるならば本望」
そう望み、あらためて依頼されたという。
もちろん、二人は断りつづけるとともに、あきらめずに説得しつづけもした。
が、それもむなしくおわった。
史実では横倉がその役目をつとめるとおれからきいていたので、俊冬が横倉本人に接触したらしい。
先日、横倉はすべて承知の上で局長をむかえにき、おれたちに会った。
俊春に、『すべて了解している。予定どおり、俊冬が自分になりすまして決行する』、ということを伝えるために。
俊春に剣術のことをいっていたが、あれがその符牒だったという。
これはあとでしったことだが、横倉は岡田家へ預け入れとなった局長と数日すごし、いろいろ話をしたらしい。そして、斬首などすべき人物ではないと憤ったという。同時に、頸きりなどという役目をうけたことを恥じた。断るとまでもかんがえたとか。
近藤勇の頸を斬ることは、剣術家としても武士としても、横倉家、ひいては主家にたいしても、恥ずべき愚行であると恥じたわけである。
だが、しょせん『いまさら』、である。断われば、それはそれで処罰の対象となる。
横倉にとって、俊冬からの申し出はある意味うってつけであったであろう。
横倉本人は、この斬首の間縄でぐるぐる巻きにされて岡田家の納屋に閉じ込められている。
斬首がおわった後、発見されることになる。
後難を回避するためであることは、いうまでもない。
かれの愛刀「二王清綱」は、かれの手元に戻すという。
そんな俊春のおおまかな説明を、おれはぼーっときいていた。
俊冬の様子がおかしかったのは、すべてこれが要因だった。
理由がわかったところで、正直、うれしくもないしホッとしたわけでもない。
「わたしが、わたしに勇気があれば、わたしが臆病でさえなければ、強ければ・・・・・・」
俊春は、そこで口をつぐんだ。
俊春にできるわけはない。
いや、メンタル面では俊冬だってさほどかわりはない。しかし、俊冬は俊春を護るためならなんだってやる。それこそ、心を鬼にして。自分のなかにすべてをためこんで。
井上にとどめをさしたかれは、井上を愚弄した大石を殺しそうになった。大石をけっして許さず、甲府の戦で大石が放逐される際にも、局長がとめなければ暗殺しただろう。
そんなかれである。ある意味では、俊春よりかれのほうが弱いかもしれない。ひとえに、弟を護りたいがために、強くみせかけているだけだ。周囲にたいして、自分自身にたいしてですら。
おれが板橋にくるまえのかれは、ひかえめにいってもおかしかった。おれとサシで話をしたときも相当だったが、副長に暇乞いするときなど、このまま死んでしまうんじゃないかと思ったくらいだ。
ってか、まさか、局長の依頼を果たした後、自分も・・・・・・?
それなら、あのときに俊春のことを託していたことの意味がわかる。
いや・・・・・・。俊春を遺して死ぬだろうか?ならば、新撰組のところへ戻らず、影で支えるつもりだろうか。
どちらにしても、かれは新撰組からはなれるつもりなのだろうか。おそらく、そうにちがいない。
局長からの依頼とはいえ、それは命令とおなじ効力をもつ。新撰組では、命令を拒絶する選択肢はない。
正式な隊士ではないにしろ、双子も一員。局長の依頼を断ることはできない。
俊冬は、局長の口からその依頼がでた時点で、自分のゆくすえも覚悟したのだろうか。
まだある。かれは、副長やおれがかれ自身のことを恨み、軽蔑することになると思っているが、それはちがうと声を大にしていいたい。
そこのところは、かれのよみ間違いだ。副長やおれのことを、わかってはいない。
全然わかっていないじゃないか、俊冬・・・・・・。
涙があふれ、そのせいで眼前がみえない。縛られているので掌で拭うこともできず、思いっきり瞼を閉じる。
暗くなると、すぐちかくからとすこしはなれたところから、泣き声がきこえてくることに気がついた。
軽く深呼吸し、意識をそちらへ向ける。すぐちかくで、おさない子が泣いている。シクシクと泣きつづけている。それは、大好きな人や物と離れ離れになってしまった迷い子のような、そんな寂し気な泣き声である。すこし離れたところの泣き声は、泣き声というよりかは慟哭である。精神を削り、生命をふりしぼって泣いている、そんなぞっとするような声である。
ちかくでは俊春、すこしはなれたところでは俊冬が、それぞれ泣いている。
おれはそれを全身で、心で、ひしひしと感じている。




