起死回生か
先日、横倉本人がやってきた。その際、牢番等かれをみた者がいる。が、親しく会話するどころか、時候の挨拶すらかわしていないはず。しかも、あそこにいた者たちは、この処刑場に入ることはできない。みるのなら、見物人といっしょに矢来の向こうからみるしかないのである。
そうなると、左頬におおきな傷があろうと背が低かろうと、「あいつは偽者だ」と断言できるだけの記憶は残っていないかもしれない。
いまここにいる関係者にいたっては、横倉喜三次のことはフルネームと相楽の頸を見事落としたという噂を耳にしているだけで、実物に会ったことはないはず。
もっとも、横倉がそのときの様子をインスタに上げたり、Twitterでつぶやいたり、じつは登録者数数百万人という有名なユーチューバーで、本人出演の動画を常時配信しているのであれば、話は別であるが。
そうでないかぎり、どんな相貌かもわからないのである。
横倉本人は、写真撮影もしたことがないのかもしれない。
写真撮影をして写真が残っていれば、かれのウィキも写真付きだったかもしれない。あるいは、web上でみることができたかもしれない。
結論をいうと、すくなくとも処刑場にいる連中は、いまここにいるのが横倉だと信じて当然というわけだ。
経緯はどうあれ、これで局長は助かる。
『よしっ!』
心のなかで、快哉を叫ぶ。
矢来の向こうにいる副長たちも、絶対におれとおなじ推論を立てているだろう。
依存してしまっている自分が、ほとほと情けない。それは常日頃から身に染みて承知している。その上で、やはり双子でないと、と性懲りもなく頼ってしまう。
いや、この究極のバッドシチュエーションからの大逆転劇は、双子にしか演じきれない。
「邪魔にならないようにしますから、存分になさってください」
いたった推論に、心がはやるのはいたしかたのないことであろう。
心のなかでは期待がどんどんふくれあがり、脳内では強烈なスポットライトがあたっている。
その膨張や明るさは、どんどんふくらみ増してゆく。
それをおさえることなど、できるわけもない。
いわば、起死回生のストーリー。双子は、今度はどのようなエンターテイメントをみせてくれるのか。
局長が助かるのなら、ここに取り残されたっていい。なんなら、パニック映画の冒頭で、不幸にも死んでしまうその他おおぜいのごとく死んでもいい。
「近藤を取り逃がした?だったら、みせしめにあいつを斬ってしまえ」
こういうのは、あるあるのパターンだろう。
そのときには、けっしてみっともないことなどしないようにしよう。
そうできるよな、おれ?
命乞いしたり罵ったり、呪詛の言葉や念仏を唱えたり、悲鳴をあげたりなどけっしてしない。
残念ながら、辞世の句や漢詩をさらっとつくれるほどの才能や感受性はもちあわせていないので、そのかわり、みる人が一生忘れられないようなさわやかな笑みを浮かべ、堂々と斬られるか撃たれよう。
いや、盛りすぎか。カッコよく脚色すぎか。
そのときがきたら、ヘッドライトに照らしだされた鹿のごとく、恐怖のあまりフリーズ状態で斬られるか撃たれるんだろうな、きっと。
俊春は、右隣で沈黙をまもっている。
うつむき加減で、視線は1、2mほどさきに向けられている。
おれの瞳にはみえないなにかを、熱心にみつめているかのようだ。
「主計、だめだ」
野村が、左隣からおし殺した声でダメだしをしてきた。
「だめだって、なにがだめなんだよ?」
「KYだぞ。空気よめよ」
幕末の男に、KYっていわれた。
「いいのだ、利三郎」
俊春が、うつむき加減のままそれをとめる。
「主計、すまぬ」
そして、なににたいしてかはわからないが、謝ってきた。
「なにがすまぬ、なんです?意味が・・・・・・」
「おぬしが期待しているようなことではないのだ・・・・・・」
かれの声は、低すぎてほとんどきこえない。しかも、華奢すぎる肩がかすかにふるえている。
「すまぬ。許してくれ・・・・・・」
いまや、俊春は完全にうつむいてしまっている。筵の上に、一滴二滴と雫が落ちてゆく。
「なにゆえ、なにゆえ謝るのです?いったい、なにを許してくれと・・・・・・」
左横では、野村が膝立ちになり、局長にできるだけちかづこうとでもいうように、じりじりと膝をすすめている。
それでもまだ、うしろに立っている見張りたちは注意してこない。
「利三郎、じっとしていろ」
とはいえ、見張りたちは帯刀しているし、銃ももっている。なめてかかっていたら、いつ斬りかかられたりぶっ放されたりするかわからない。
小声で注意すると、野村の動きがぴたりと止まった。
矢来の向こうで、副長たちは矢来を壊してでもちかづきたいという勢いで、矢来にとりすがっている。が、副長たちの表情はおれとはちがう。
どの表情も、悲哀の色が濃く刻まれている。
俊春と野村がわかっているように、副長たちにもわかっているのだ。
「兄上は、局長の頸を討つためにあそこにいるのだ」
そのとき、俊春がささやいた。一瞬、意味がわからなかった。
「なんの冗談ですか?冗談にしたら、性質が悪すぎますよ」
相貌がしびれ、口をひらくこともままならない。
頭のなかが真っ白になり、胸のなかは激しい痛みに襲われはじめた。




