あらわれしは・・・・・・
そのとき、あらたなざわめきがおこった。
さきほどの局長ほどではないが、見物人たちがざわめいている。
関係者用の入り口なのであろう。脇のほうで、矢来がおしひろげられた。
「此度の介錯人、横倉喜三次殿っ」
士官が、声高々に報告する。
特別席の立会人たちの相貌に、笑みがひろがる。
その笑みをみた瞬間、自分のなかで凶暴ななにかがはじけた気がした。
左隣の野村も、立会人たちのくっそムカつく表情をみたらしい。
ギリギリと音がきこえてくるほど、歯ぎしりしている。
そしてついに、横倉が姿をあらわした。
正座をさせられているし、見張りやら護衛やらがいるので横倉の姿がよくみえない。
かれはこちらに向かってくると思いきや、クリッと直角に方向転換してしまった。
ああ、なるほど。立会人たちにご挨拶か。
背筋や頸を伸ばしたり体をくねらせることで、特等席へと向かうかれのうしろ姿をやっとのこと垣間見ることができた。
裃姿である。たすきがけしている。
ってか、なんかちーさくないか?
このまえ会ったとき、この時代の男にすれば背が高いというイメージを受けた。おそおらく、180cm弱くらいだろうか。
こっそり見物にきているであろう近藤勇五郎も、後日、「背の高い人が見事に斬ってのけた」というようなことを語っている。
「一人でやってのけると?」
そんなことをかんがえていると、男にすれば耳障りなくらい甲高い声が、見張りや護衛たちの間を縫うようにしてながれてきた。
「さすがであるな。その手練、とくとみせてもらおう」
いかにも世渡り上手そうで粘着質な声が、エラソーにいっている。
声の主は、公卿にちがいない。
通常、介錯人は二人いる。本介錯人と助介錯人である。メインが失敗したら、すぐにそれをサブが引き継ぎ、罪人の頸を斬ってしまうわけだ。
たしかに、史実にも二人いたかと記憶している。が、いまの話の内容からすると、どうやら横倉一人でおこなうようだ。
かれは、挨拶をおえたらしい。片膝ついた姿勢から立ち上がり、ゆっくりと中央、つまり、局長のいるところへと向かう。
ちょうど、雲の合間から薄日がさしてきた。
ひさしぶりに外にでたのが、自分の斬首がおこなわれるためというのも、皮肉っていうかなんというか。
せっかく外にでてきたのに、さきほどまでは曇天であった。いまにも雨しずくが落ちてきそうな雲り具合だ。
小説風にいえば、「天も誠の武士の死を、おおいに嘆いている」、であろうか。
が、いまこのタイミングで、薄日がさしてきたのである。これもまた、小説風にいえば、「希望の光射すは、大どんでん返しの予兆か」、であろうか。
そのささやかな陽の光が、天から舞い降りた使者のごとく横倉を照らしている。
見物人たちが、称讃のささやきをかわしている。横倉の男っぷりを褒めているのだ。
そしてやっと、かれの男っぷりをみることができ・・・・・・。
なんてこった・・・・・・。
俊冬・・・・・・?
驚きすぎて、言葉もでない。頭をバットで殴られたような衝撃は、副長たちのコスプレのときとは比較できないほどでかい。
俊冬は髷を結い、月代まで剃っている。
かれもまた、どこからどうみても立派な武士である。
思いだした。すこしまえに、かれに『髪が伸びるのがはやいのは、助兵衛だ』、といったことがある。その際、かれは『ひさしぶりに、髷を結おうと思っている』、と答えた。
っていうことは、このときのために髪をのばしていたということなのか。っていうことは、あのときにはここにいることを計画していたと?
俊冬は、これ以上にないほど真摯な表情と態度でしずしずと歩をすすめ、局長へとちかづいてゆく。
矢来の向こうに視線を向ける。
副長たちも、おれとおなじ衝撃をうけているはず。
案の定、四人ともすこしでもちかくでみようと、矢来にすがりついている。
銃をもった三名の兵士たちが、矢来をはさんだすぐ向こう側に立っているにもかかわらず。
兵士たちは、矢来の向こうにいる見物人を牽制する役目である。が、兵士たちはこういうことに慣れていない。本来の任務ではないからだ。ゆえに、中央へ体ごと向け、俊冬が局長へちかづくのをみつめている。
「これはいったい、どういうことなんです。なんでおしえてくれなかったんです?」
おれが尋ねようとしたタイミングで、野村が声をおし殺して尋ねた。もちろん、おれにではない。俊春にである。
思わず、視線を副長たちから背後の見張りへとはしらせる。
おれたちの見張りも、俊冬の立派さに瞳を奪われているようだ。
「横倉さんになりすまして潜入し、もともと潜入しているあなたと二人で局長を助けだすつもりだったんですか?」
つい、いい方がきつくなってしまった。
だって、そうだろう?それだったら、隠さずいってほしかった。そりゃぁ敵をだますにはまず味方から、という。が、そういう計画の噂をきいた敵に捕まり、拷問されて吐かされるシチュエーションではない。
敵はこんなたくらみがあることすら、微塵もかんがえやてやしないだろう。ってか、ぶっちゃけ危機意識はなく、警戒心すらすくなくってゆるすぎる。
隠す必要などなかったはず。しかも、しらされたおれたちから、この計画がもれるなんてことは、まずかんがえられないのだ。
いや。もしかしたら、敵にどうのこうのというわけではなく、局長にバレないようにするために、おれたちにはなにも話さなかったのか。
そっちのほうが、まだ納得ができる。
双子のことである。成功したのちの局長の怒りの矛先を、自分たちだけに向けさせるため、というのもあるのかもしれない。
そこまで推察したところで、自然と怒りや驚きがしずまってきた。
そうなると現金なもので、よくぞ横倉になりすまし、奇蹟の大救出劇を敢行してくれたと、喝采をおくりたくなった。
それから、よくもまぁだれにも見破られないものだと、感心してしまう。




