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おれたちも斬首です

 これだけなんにもないなんて、いったい、いつぶりだろう。


 おそらく、心臓のちかくを撃ち抜かれて生死の境をさまよい、連中におどされ自分の進退をどうするかまよっていた休職期間以来かもしれない。


 あのときとちがうのは、時代ってところはもちろんだが、自分自身にではなく、局長という大切なひとの死にたいする不安を抱えている、ということだろう。


 あともう一つ。

 その内容はちがえど、抱える不安にたいして、おれ一人で立ち向かうのか、あるいは逃げようと悩んでいるのではなく、信頼のできる仲間がおおくいることであろう。


 そういう点では、心強いのかもしれない。


 あいかわらず、野村はぐーたらしているようにみえるし、俊春は鬼気迫る勢いの鍛錬をつづけている。


 が、どちらもおれとおなじように不安だし、心細い思いをしているのがわかる。それらを無理矢理、ぐーたらや鍛錬でごまかそうとしているだけだ。


 おれもぐーたらや鍛錬をしてみたが、そのどちらも不安や心細さを解消する手助けにならなかった。


 結局、その日がくる直前には、三人でしりとりをやった。それこそ、日本語、英語、日本語英語などをまじえて。


 なにせ、時間だけは充分にある。

 

 意外だが、けっこう集中できた。おれだけではない。野村も言葉を学ぶのに貪欲な上に、集中できるのが気に入ったらしい。何度もチャレンジしたがる。


 俊春の英語力が、そこそこあるということに驚いた。

 

 きけば、異人がターゲット、あるいは異人が依頼主のことがあるため、自然と身についたという。

 

 異人というのは、異世界の住人の略ではない。外国人のことである。


 っていうことは、相棒をとおしてもダイレクトでも、おれの心のなかの英語のつぶやきもわかっていたってことなのか?


「すべてしっているわけではない」


 かれはしれっというが、発音も異常にいい。おれなんかよりよほどネイティブにちかい。ってか、ネイティブそのものだ。


 さすがは、異世界で通訳トランスレイターをやっていただけのことはあろう。


 そんなこんなで、ついにやってきてしまった。


 近藤勇斬首の日、慶応四年四月二十五日。新暦に換算すれば、1868年5月17日である。


 その朝、牢番ではなく敵の士官がやってきた。


「近藤勇の刑ののち、おまえたちも斬首に処す」


 めっちゃ簡単に、死刑執行を宣言してくれる。しかも、めっちゃニヤニヤしながら。

 

 わかっちゃいるけど、ショックだ。


 これって、控訴することができるのか?って、ムリにきまってるし。


 呆然とするおれたちに、ムカつくほどさわやかな笑みを残し、士官はとっとと姿を消した。

 

「わたしたちも斬首?」


 野村は頓狂な声をあげると、「くくく」と肩を震わせ笑いだした。


 おれたちは、助かることがわかっている。局長が助命嘆願してくれ、そのおかげで助かるのである。


 野村に、そのことを伝えていなかったんだ。


「利三郎・・・・・・」

「いや、すまない。じつに面白いと思ってな。敵は、よほど新撰組わたしたちが憎いとみえる。だって、そうであろう?付き添いの隊士に、はては助命嘆願書を持参した隊士まで斬首だっていうんだから」

「利三郎、きいてくれ」


 利三郎の相貌かおをのぞきこみ、とりあえずはその場に座らせた。が、かれのをみて、すくなからず驚いた。


 そこにあるのは、怯えなどではない。激しい怒りだったからである。


「局長だけでもどうにかならぬのか?この生命いのちなど惜しくはない。なれど、局長の生命それは、はるかに尊い。で、あろう?」


 かれは、逆におれの双眸をのぞき込んでき、熱っぽく語る。


「利三郎。おれたちは、局長が助命嘆願してくれる。そのおかげで助かるんだ。すまない。もっとはやくに伝えるべきだった」

「主計、主計。そんなことはどうでもいい。わたしは、局長を助けたい。逆に、わたしたち三人の生命いのちで、というわけにはゆかぬのか?いや、だめだ。格がちがいすぎる。だったら、わたしと主計の刑がおこなわれている間にぽちが局長を助けだす、というのはどうだ?」

「利三郎・・・」


 かれ自身、それができぬことは重々承知しているはず。

 おれたちは、食後のデザートにすぎない。前菜ではないのだ。


 またしても、頼ってしまう自分が情けない。思わず、俊春に視線を向けてしまった。かれは格子に背をあずけ、おれたちをみおろしている。


「利三郎。無念だが、もはや局長を救う、否、局長の決意を翻意させることはだれにもできぬ。たとえ副長であろうと、だれにもどうにもできぬのだ。ゆえに、わたしたちは是が非でも生き残らねばならぬ。それが、局長の最期の望みである。わたしたちは、生き恥をさらして生き残り、このでみたすべてのことを伝えねばならぬ。副長や仲間たちにな」


 俊春の声もまた、兄と同様耳に心地いい。

 

 利三郎は、その声に感化されたのだろう。視線を、おれから畳へと落とした。

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