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横倉喜三次

「近藤殿、どうぞ」


 そして、かれは局長に場所を譲る。


「横倉殿、かたじけなし」


 局長が格子にちかづいてきた。


 後ろ手に、手首だけ縛られている。


 すこし痩せたようにみえる。あれだけ下膨れだった相貌かおなのに、頬がすこしこけただけでげっそり感が半端ない。


「ぽちたまのうますぎる飯が、喰えなくなったのでな。すこし痩せたか?」


 局長は、そういっておどけてみせる。

 

 またしても、表情かおをよまれてしまった。

 おどけてみせたのは、おれたちに心配させないためであることはいうまでもない。


「しばし、岡田家ですごさせていただく。おまえたちを置いてゆくのはしのびないが・・・・・・」

「局長、わたしたちのことはどうかお気になさらず。ご覧ください。わたしたちは、トリオ(・・・)で仲良くやっております」


 野村が、嘘をつく。いや、これはついていい嘘だ。


 それにしても、トリオで仲良くってところが無理がある。

 だって、おれをいじりまくってるじゃないか。


「そうだな。だが、利三郎、ぽち。あまり主計をいじるなよ」


 いじめっ子グループに体裁上注意する担任の先生みたいに、局長は気弱な笑みを浮かべている。


「りょ!」


 そして、野村は全然了解もしていないのに、またしても嘘をつく。


「近藤殿、そろそろ。さきにお連れしてくれ。わたしも、すぐに参る」


 ここからではみえないところに、横倉の従者がいたようだ。そのめいに、尻端折りをした小者がすばやく局長を誘導し、去っていった。


「岡田家家臣横倉喜三次と申します」


 横倉は、名のりつつ頭をしっかりと下げた。それから、それをあげ、おれたち一人一人と順番に視線を合わせてゆく。


 横倉は、四十代前半。髷を結い、精悍な相貌かおは健康的に焼けていて整っている。たしか、岡田家かどこかの剣術指南役だと、だれかのブログでみた記憶がある。

 さっと全体をみると、指は節くれだっていて、着物の上からでも筋肉質であることがうかがえる。左足が異常におおきい。これは、かれが剣術家であるだけでなく、つねに帯刀している武士さむらいであることを示している。


 義や忠を重んじる、誠の武士さむらいにちがいない。


 おそらく、妻や子にたいしても愛情深いいい夫、いい父親であるはず。


 かれからは、そんな真面目さとやさしさが感じられる。


「新撰組の野村利三郎です」

「おなじく、相馬主計です」

「新撰組につかっていただいています犬で、ぽちと申します」


 こんなときまでふざけてるのかと思いきや、俊春は油断のない目つきで横倉をみている。


「近藤殿から、お三方のことは・・・・・・。どのような事態になるやもわからぬ状況で、ご自身の生命いのちを顧みず付き添われるなど、到底できることではございません。正直、わたしには無理でしょう。感服いたします」


 背が高く、いかにも剣が遣えそうだ。たしか、神道無念流皆伝だったはず。立ち合いでもすれば、ものの数分でやられてしまうにちがいない。


「近藤殿のことは、おききおよびですな」


 つい数時間前、斬首と決定したときかされた。


 わかっていることとはいえ、血がでるほど唇を噛みしめてしまった。野村も、拳が真っ白になるほど握りしめていた。


「おそれながら、わたしがその役をおおせつかりました」


 横倉は、格子越しにしずかに告げる。その視線は、野村からおれ、それから俊春へ。俊春のところで、やけにながくとどまる。


 さりげなく、かれの左腰をみる。「二王清綱におうきよつな」と、無銘らしき太刀が、ひっそりと寄り添っている。


「二王清綱」は脇差で、近藤勇を斬首した刀として有名である。処刑後、横倉は法要の日になると「二王清綱」を祀っていたという。そして、斬首でもらった金子で自分や主君の菩提寺から僧侶を呼び、局長の法要をおこなったとも伝えられている。


「二王清綱」は、現代では岐阜の県立博物館に所蔵されている。


「近藤殿は、しばしわが主の屋敷にて滞在していただくことに・・・・・・。お案じ召さるな。わが主もわたしも、近藤殿とゆっくり語り合うつもりです」


 やわらかい笑みが、かれの相貌かおに浮かぶ。


「さきほど、近藤殿からあなたが事実上、この日の本で一番の剣士だとうかがいました」


 横倉の視線は、俊春に向いたままである。


 ってか、たった十分かそこらの間に、局長が俊春のことを初対面の人間ひとに話すなんて・・・・・・。


 局長も、よほど横倉のことを気にいったのだろう。「いい男」認定したにちがいない。


「いえ。わたしなど、不具の役立たずでございます。横倉様、どうかわが主のことをお頼み申しあげます」


 俊春は、深々と頭をさげる。


「頭をおあげください。どうやら、ききしに勝る遣い手のようです。機会があれば手合わせをとも思いましたが、到底かないそうにありますまい」


 そこで、おれたちに視線を戻す。


「お三方のことを、近藤殿も案じておいでです。しばし、ご不便でしょうが息災におすごしください。微力ながら、わが主も口添えしておりますゆえ」

「なにからなにまで、かたじけのうございます」


 おいおい、野村よ。ちゃんとこの時代の言葉で話せるんじゃないか。


 野村が頭をさげるので、おれもあわててそれにならう。


「では、これにてご免」


 ふたたび一礼すると、かれは颯爽と去っていった。


 横倉喜三次・・・・・・。


 めっちゃいい男ってだけでなく、誠の武士さむらいだ。

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