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謎は深まるばかり

「なにゆえ、副長に殺意を抱くのです?」

「嫉妬だ。おそろしきものよ。嫉妬による殺意や害意は、常人にはかんがえられぬからな。どうやら、おぬしは愛するひとが愛する他人ひとにではなく、愛するひとに殺意や害意を向ける性質たちのようだから」

「え?なんですか、いまの?ややこしくってわけがわかりませんでしたが。愛情のゆがみの構図ってやつですか?ってか、そんな話をしているんじゃありません」


 また、おおきめの声がでてしまった。


 口パクってむずかしい。


「おれの嫉妬の向くさきなんて、どうでもいいんですよ。ってか、そもそも、嫉妬なんてしてません。兎に角、あなたの兄が、謎だけ残して去ってしまったのです。副長は、それこそダブルパンチを喰らったみたいに、マットに沈んでいます。島田先生と相棒がどうにか応急処置し、宇都宮城を奪取するところまではもたせてくれるでしょう。ですが、あなたの兄をどうにかしないかぎり、それ以上はもちそうにありません」


 もう口パクはあきらめた。できるだけ声をちいさくし、いっきに告げた。そうしないと、いついつまでもはぐらかされてしまう。


「おぬしは、誠に副長のことが好きで好きで、それがゆえに心から案じているのだな」


 肩で息をしてしまっている。そんななか、俊春はおれの口許から目線をあげ、おれのをみる。


「ええ。いっておきますが・・・・・」

「わかっている。みなまで申すな。なれど、申せぬ。いまここで申したところで、どうしようもない。それに、申したくないというのもある。おぬしにも案じさせ、焦燥を抱かせていることは重々承知している。なれど、わたしも同様だ。事情をしっているわたしのほうが、おぬしよりよほど・・・・・・」


 かれはそこまでいっきにいうと、視線をさげておれの視線それから逃れた。いまにも泣きだすのではないかというほど、華奢な体全体から悲しみがにじみでている気がする。


「すまぬ」


 かれはそれだけいい、おれからはなれて腹筋をはじめた。


 結局、謎が解けなかったばかりか、よりいっそうそれが深まったでけであった。


 懐中時計は、「之定」とともに置いてきた。どうせ取り上げられるのはわかっている。取り上げられたら、だれかがわがものにしてしまうかもしれない。かりに、それを免れたとしても、どさくさにまぎれてどこかにいってしまうかもしれないし、返してもらうのを忘れて放免されるかもしれない。それどころか、最悪、受け取ることのできない状況に陥るかもしれない。たとえば、まさかの斬首ってことになるかも・・・・・・。


 というわけで、マイ懐中時計がないため、いまがいったい何時なのかがわからない。日付の感覚もなくなっているので、何日かもわからない。ここにきて数日は覚えていたが、さすがにそれ以上の日数を重ねると感覚がなくなってしまった。


 サバイバル系の登場人物も、きっとこんな感覚なんだろう。

 そうか。格子に、正の字を刻めばよかった。


 それは兎も角、毎日が平穏にすぎてゆく。


 朝夕、きちんと食事はでてくる。冷や飯に、汁物と漬物、それらにメインは焼き魚か煮物のどちらかが添えられている。


 驚くべきことに、だされる物は完食できる。誠に、不可思議でならない。


 大の男三人では充分な広さとはいえぬ空間のなか、動くといえば俊春に付き合って鍛錬をちょこちょことこなすだけなのに。


 そして、さらに驚くべきことは、自分の分だけでなく、俊春の分まで喰えることだ。

 さらにさらに驚くべきことは、俊春は食事にほとんど手をつけないことである。


 ハンストでもやっているのか?などと馬鹿なことをかんがえてしまう。


 かれは、人間ひとが生きていけるギリギリのところの量しか摂取しない。水と塩、一日に一口か二口、焼き魚か煮物を口に入れるだけなのだ。


 ストイックなど超越してしまっている。


 さすがは、異世界で仙人をしていただけのことはある。


 食だけではない。


 時間の感覚はないものの、それでも食事の配給や人の動きから朝昼晩を判断することはかろうじてできる。


 俊春は、二十四時間のほとんどを鍛錬か座禅に費やしている。横になって眠らないのである。

 狭い部屋なりに工夫した鍛錬は、みているこちらがゾクッとするほど鬼気迫るものがある。そして、座禅か瞑想かはわからないが、結跏趺坐するその様子は、いますぐ大地震がこようとも、あるいは大火に見舞われようとも、睫毛一本動かさぬほど集中していることがうかがえる。


 もしかしたら、仙人ではなく仏様をしていたのかもしれない。


 一方、野村は野村で、おれにちょっかいをだしたり、おれをからかったり、おれの悪口をいったり、おれをいじったりして、日々をすごしている。


 誠に呑気なものだ。


 そんなこんなで、何日目かはわからないが動きがあった。


 局長が、処刑の日までの間、岡田おかだ家に預け替えとなったのである。


 岡田家は、美濃国揖斐を領している旗本である。そして、局長を処刑する役を仰せつかる横倉喜三次よこくらきそうじの主である。


 その横倉が、むかえにきたらしい。


 残念ながら、おれたちはこのままここですごす。


「局長」


 局長がおれたちのなんちゃって牢屋のまえをとおりかかったタイミングで、呼びかけた。

 野村と俊春と三人で、格子にすがりつくように身をよせ、局長をみようとする。


「だめだだめだ」


 すぐに、幾人かの兵士にダメだしをされた。あゆむ局長との間にたちはだかり、さえぎられてしまった。


 まるで、推しのアイドルグループの出待ちみたいだ。


「ほんのひとときくらい、よいではありませぬか」


 すかさず、着物袴姿の壮年の武士が兵士たちをどかせてくれた。

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