肉迫
「くるぞっ」
原田がさらに声を押し殺して警告した。
三浦が、ではなく、そのうしろから浪人風の男が四人、足早にあるいてくる。
一人だけほかの三人より小柄で、編笠を目深にかぶっている。
片脚をかばうように、わずかにひきずっている。
あのときおれが横に薙いだ一撃は、肉や骨にあたった感触がたしかにあった。
「あの編笠、あれが河上です」
「ほかの三人も手練だ。子どもらを・・・」
「先生方、先生方」
永倉の囁きの途中で、まえからやってきた三浦が、じつに暢気に掌を振りながら呼びかけてきた。
刺客四人は、すでに三浦の背後、間近に迫っている。
往来のおおい通りで、白昼堂々抜いてくるのか?おれは、一般的な常識で忖度した。が、刺客に常識など通用しないだろう。
刺客は、獲物さえ仕留められればいいのだ。それがたとえ白昼だろうが暗闇に紛れてだろうが、人通りがあろうがなかろうが、いっさい忖度しない。
「副長から言伝をおおせつかってきました。それが、おかしいのですよ?」
またしても三浦の暢気な言葉。空気をよまなさすぎる。というよりか、鈍感すぎる。
市村ら子どもたちですら、三浦の背後に迫る悪意と殺意に、気がついているというのに。
子どもらは、まずあゆみを止めた。同時に、じりじりと下がりはじめた。子どもでも、さすがは新撰組で日々揉まれているだけはある。こちらが指示しなくとも、自分自身の身の護り方、危機回避の方法を心得ているようだ。
それにひきかえ、三浦は太刀すら帯びていない。しかも、ついいましがたまで酒を呑んでいたのか、相貌が赤い。芸妓のであろう白粉と香、そして酒精の入りまじったにおいが漂ってきて、風下に立つおれの鼻腔をくすぐった。
隊規など関係のない三浦のことだ。おそらく、馴染みの芸妓のところから屯所に戻ったか、しけこんでいる最中に呼び戻されたかで、ここにやってきたのだろう。
「手伝ってもらえ、と。おれの本懐を遂げる手伝いをするように、と伝えろと・・・。それだけ伝えればわかる、と。この命令の意味、わかります?せっかくいいところだったのに、呼び戻された挙句にわけのわからぬ・・・」
三浦の不満気な表情から告げられたその言葉だけで充分だ。
副長の命令、そして真意は、おれたちに確実に伝わった。
「三浦っ、邪魔だっ!どけいっ」
三浦の言伝が最後までおわらぬうちに、その背後に迫りつつある四人は、すでに抜いていた。
永倉は、一喝と同時に左の掌で眼前の三浦の胸倉を掴んだ。そのまま左側へ放り投げる。右の掌は、「播州手柄山」の柄にかかっており、鞘をおさえぬまま器用に抜かれた。
永倉は、池田屋事件で愛刀をだめにした。そして、右の掌の親指も皮一枚残った状態で、危うく落とすところだった。いまの得物は、事件後に会津藩から下賜された刀代で手に入れた自慢の刀である。
編笠の男は、得物を上段に振り翳していた。
「永倉先生、気をつけてください。河上は示現流を遣います。それと、おれの話を思いだしてくださいっ」
おれは叫んでいた。
「きえー!」
体格からは想像もつかないような奇声が、編笠の男から発せられた。猿叫だ。
通りをゆく人々から悲鳴が起こった。当然だ。いきなり大立ち回りがはじまりそうなのだ。
ほかの三人もまた、遠間から摺り足で迫っている。いずれも中段。
「相棒っ、子どもたちを護れ!」
おれは相棒に指示し、同時に「之定」を抜いた。
原田も得物を鞘ごと腰から抜いたようだ。刀身を抜き放ってから鞘を放り投げたのが、おれの視界の隅に映った。
「うわあああっ」
それから、おれの耳に情けない悲鳴が飛び込んできた。
それは、永倉に放り投げられ、地面に尻もちついた三浦のものだった。