大好き 大嫌い
「いやらしいなやつだな、主計」
「ちょっ・・・・・・。どういう意味なんだ、利三郎?なにゆえ、ぽちのいまの一言イコールおれがいやらしい、に結び付くんだ?」
「助兵衛って申しておる」
「意味はわかってる。ってか、そこじゃないだろう?それに、助兵衛ってことなら、おまえのほうがド助兵衛じゃないか。おまえとおなじレベルにするなよ。春画を芸術ではなくいやらしいことに利用するなんて・・・・・・。おまえみたいなやつが、まさしく『アスホール』っていうんだよ」
なにゆえか、スイッチが入ってしまった。
そのとき、ちまちまと結び目を解こうとしている兵がぴくりとした。ちょうど、春画っていったタイミングだった気がする。
(ムッツリかいっ)
反射的に、心のなかでツッコんでしまった。それから、ソッコー俊春の口を封じるべく、にらみつける。
ぜったいに、いまのおれのツッコミを披露するはずだからだ。
かれは、ちょうど口をひらきかけたところであった。そして、気の弱いかれは、ソッコーでおれの眼力に負けた。
「主計、こちらによれ。わたしが解こう」
そのかわりに、そう提案してくれた。ムッツリ君も、それに異を唱えるわけもない。
格子に体をちかづける。
俊春は、しばらくおれの上半身をおおう縄をみつめていたかと思うと、格子の間から腕を伸ばし、あっという間に解いてしまった。
ムッツリ君も、さすがに驚いている。
かくして、なんちゃって牢屋に無事放り込まれたのであった。
「それで、局長は」
「一番奥のひろい部屋だ。無論、局長もご無事だ。「三國志」などの書をもってきてもらい、よまれているようだ」
奥のほうで三人そろって胡坐をかくと、俊春が教えてくれた。
「ちぇっ・・・・・・。わたしは春画をみたいっていってみたんだけど、『ファックユー』っていわれた」
「あたりまえだろう?どこの世界に、春画を要求する罪人がいる?」
「ここ、ここだ」
「ここ」だって?
ああ、そりゃぁそうでしょうよ。
「それで、副長は元気にやってるのか?」
「なんで上から目線なんだよ、利三郎。副長は、上役だぞ。それに、たった数日だ。元気にやるもなにも、病気や怪我をする間もないじゃないか」
「やけにつっかかってくるじゃないか、主計。ホワイ?」
野村よ。何度もいうようだが、おまえは絶対に宮古湾の海戦で死なない。宮古湾ちかくの食堂で、海鮮丼か寿司でも喰ってあたって死ぬってことはあっても、戦死なんてこと、ぜったいに、ぜったーいにありえない。
「いろいろあったんだよ」
ぶっきらぼうに答えてから、一言も口をきかぬどころか、存在感すらない俊春のほうへ、視線を向けてしまう。
「いろいろあった?そうか、おまえがミスったとか、おまえがしょぼいことしたとか、おまえが草とか・・・・・・」
「だーっ、もう!ちょっとだまっててくれないか?」
「ちぇっ、せっかくかまってやってるのに・・・・・・。どうせ、ぽち先生のほうが大好きなんだろう?わたしは、さみしく独り寝するよ」
「はあああ?ちょっ・・・・・・。利三郎っ、おま・・・・・・」
こいつといると、高校のときのツレと話しているような錯覚に陥ってしまう。
宣言どおり、利三郎は部屋の隅でふて寝してしまった。
「そうなのか?」
ささやき声が、後頭部にあたった。
振り返ると、存在感すらなかった俊春が、じっとこちらをみつめている。
「はい?なにが「そうなのか?」、なんですか?」
「わたしのことが、大好きなのか?」
「はああああ?そんなわけないじゃないですか、ぽち」
「そうか・・・・・・。ならば、大っ嫌いなわけだな」
「はあ?」
かれは、シュンとうつむいた。その両肩が、これでもかというほど落ちている。
「な、なんでそんな極端な話になるんです?大っ嫌いって、そういう意味ではありません。そういう意味では、大好きですよ」
「いやらしい・・・・・・」
「ちょっ・・・・・・。だから、そっちのほうの意味でしたらちがいますってば・・・・・・」
俊春の上目遣いの視線を感じつつ、かれにうまくかわされているのだと気がついた。
かれは、おれが俊冬のことを追求することをわかっている。そのため、気をほかへそらそうとしているのか。それとも、先延ばしにでもするつもりなのか。
ということは、いくら尋ねようがすがろうが、かれは兄のことを容易には教えてくれないだろう。
だが、もしかすると・・・・・・。
超絶マックスにブラコンのかれのことだ。俊冬のことを心配するあまり、打ち明けてくれるかも・・・・・・。
「ブラコンとはなんだ?以前にも申しておったな」
「はい?ちょっと、よまないでくださいって」
そういえば、以前は相棒の心のつぶやきをよみ、ブラコンがどういう意味かを尋ねていたっけ。
「あまりいい意味ではなさそうだな」
「まったく・・・・・・。おれのすべてをよんでるんでしたら、おれがききたいこと、いいたいこともわかってますよね、ぽち?」
「ブラコンの意味だ」
「なんでそこにこだわるんです?」
はぐらかされまくりで、キレそうになる。
ふだん、ここまで短気ではない。が、俊冬のことが気になりすぎている。くわえて、その俊冬のことを気にしている副長のことも気になる。ゆえに、なにか情報を得ようと焦っている。
これではまるで、副長と俊冬が恋仲で、痴話喧嘩しているのをハラハラみまもっている共通の友人みたいだ。




