主計 お縄につく
おれが、そんなお偉いさんに会えるわけはない。
臨時の事務所っぽいところにいって、そこにいる事務職員っぽい連中にその旨伝えてみた。すると、屈強な兵士がソッコーすっ飛んでき、案の定御用となった。
そして、連れてゆかれたのは、おおきめのフツーの家であった。
意外である。
おそらく、接収した民家を、臨時の牢屋にリフォームしたのであろう。
板橋の刑場については、資料が乏しいらしい。ゆえに、新政府軍が局長を処刑するために設けた、臨時の処刑場ではないのかという説もある。
処刑場所は、いわゆる馬捨て場といわれるところであったらしい。
もともとは、馬の死体や病気の馬、行き倒れた人間などが埋められた場所だという。
ところで、御用となったおれは、縄で縛られた。もちろん、あぶないプレイをするためではない。事務所から監禁される牢までの間である。
前手首を縛り、頸縄から両肘、それから手首に掛けて縄が二重になるようにする二重菱縄というのは、武士にたいして掛けるものである。
もっとも、おれのこれがそうなのかはわからないが。
日本は、縄の掛け方一つとってもこだわりがある。性別や身分によって、ちがいがあるわけだ。もちろん、刑の種類によっても。
って、ヨユーぶっこいて蘊蓄を述べている場合ではない。
め、めっちゃいたい。それはそうだ。奉行所で罪人などに縄を掛ける同心などでないかぎり、あるいは日頃からあぶないプレイで縄をつかっているのでないかぎり、ここにいる兵士にうまくできるわけはない。
つまり、超テキトーに掛けられたってわけだ。それこそ、なんちゃって二重菱縄って感じである。
ありがたいことに、牢屋はすぐちかくであった。臨時というか仮設っていうか、急遽リフォームした感満載の牢屋は、時代劇にでてくるような牢屋ではなく、各部屋に木製の檻を設置したなんちゃって牢屋である。
ただ、見張りだけはムダにおおい。
すでに、近藤勇だということはバレているはず。
おねぇ派の加納鷲雄が密かに呼びよせられ、取調室のマジックミラー越しに首実検でもやったっていうことは、もちろんない。
その加納の談話が、残っている。明治期に語られたものである。
かれが「近藤勇」と声をかけると、局長の顔色がみる間にかわったという。
当然であろう。局長は、まさかこんなところに御陵衛士の残党がいるとは想像もしなかったろうから。
が、いまの局長はしっている。おれが伝えたからである。
一方、加納にしてみれば、おねぇの仇討ちである。
真実をしらぬかれが、おねぇの無念を晴らそうと証言したまでである。
おねぇは、生きているのに・・・・・・。
完璧な偽装が、仇になってしまった。これもまた、おれの失態である。
歴史など、どうでもよかったんだ。
おねぇに穏便に退場してもらう策は、いくらでもあったはず。おねぇと取り巻き全員まとめて、どこかにひっこんでもらえばよかった。
縄の痛みが、罰に思えてくる。
「ここだ」
『おいおい、そんなに仕事が面白くないんならやめちまえ』
って怒鳴ってしまいそうなほどしかめっ面のアラフォーの兵士が、檻のまえで立ち止まった。
木製の格子の向こうに、現代っ子バイリンガル野村と俊春が座っているのがみえる。
向こうもおれに気がついた。すぐに格子まで駆けてくる。
とりあえずは、二人とも無事なようだ。
心底ホッとする。
「ヘイッ,シュケイ!ルックスライククソ」
ひさしぶりに会った現代っ子バイリンガル野村の第一声が、それである。
訂正。現代っ子バイリンガル野村よ、なにゆえ無事なんだ?
心底残念でならない。
「主計」
そして、俊春。いつもよりちょっぴりおとなしげなのは、やはり兄とはなれて力がでないせいなのか。
それとも・・・・・・。
「利三郎、くそで悪かったな。ぽち、ご無事でなによりです」
「誠にくそみたいだぞ、主計」
「あのなぁ……」
『ちょっとはマジになれよ』
野村にそうどやしつけてやろうとした。そのとき、同行の兵士がおれに掛けられている縄を一生懸命にほどこうとしているのに気がついた。
「あの、すみません。ほどけないんですか?」
おずおずときいてみた。が、スルーされてしまった。
たしか、こういう縄の掛け方は、罪人にはほどけないが役人ならどこかをひっぱることでスルスルと解ける仕掛けになっているはず。
兵士の手元をみてみると、どうやら結び目でつまずいている。
たしかに、この縄の掛け方はめちゃくちゃである。もはや、捕縄術のななめ上どころか驚異的だ。こんなのが、容易にほどけるわけもない。が、結び目からだったらそれ以前の問題だろう。
「いっそ、切ったらいかがでしょうか?」
地獄レベルの仏頂面に提案してみた。
縄は貴重である。ゆえにリサイクルする。先人が編みだした縄の掛け方は、縄をつぎにつかうために切らずにすむよう解けるように工夫されているのだ。
余計に絞めつけられてくる。
(緊縛プレイかいっ!)
by主計、心の叫び。
「キンバクプレイ、とはなんだ?」
「うおっ!ぽち、こんなときまでよまないでくださいよ」
格子の向こうでつぶやく俊春に、クレームをつけてしまった。




