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推察スパイラル

「局長の斬首とひきかえに、こちら側の強硬な主戦論者を暗殺するとか恭順させるとかっていう密約を、敵としたとか」


 自分でいいながら、馬鹿馬鹿しいと思ってしまう。


 密約、というところでうしろめたい気持ちになるだろう。が、敵は戦をしたがっている。わざわざ俊冬にさせずとも、実力で殺すなり屈服させることは簡単なこと。


 くそっ・・・・・・。まったく想像もつかない。


 明日、板橋の総督府に嘆願書を持参し、とっ捕まって牢に放り込まれる。もしも俊春に会うことができれば・・・・・・。


 いや・・・・・・。そもそも俊春はしっているのだろうか。流山で兄貴と別れる際、あっさりしたものであった。

 

 俊冬は、弟に話しているのだろうか。


 なんだかんだといいながら、あの二人は異常なほどおたがいを思いやっている。それこそ、自分の身よりもはるかに。


 俊春が自分の右()のことを隠していたのは、おれたちにもであろうが、兄貴に心配させたくないという気持ちが一番おおきかったからにちがいない。


 それと同様、俊冬ももしかすると・・・・・・。

 

 しかし、隠しているというのもどうだろうか。俊冬は、自分になにかあれば、弟に後事を託すくらいはするだろう。


「このことは、ここだけの話にする」


 おれの考えがスパイラル状態になってきたところで、副長のささやき声がきこえてきた。


「俊冬は、おれの密命で任務についてる。おれは、このまま宇都宮へゆく。そのあとのことは・・・・・・」


 副長は、いまだ両掌に相貌かおを埋めたままである。


 俊冬もそうかもしれないが、副長もまた苦しんでいる。


「主計、明日からしばらく不自由になる。ゆっくりしておけ、といっても案じてできねぇだろうが・・・・・・」

「副長、おれは大丈夫です。横になって瞼を閉じたら眠ってしまう体質ですから」


 おれのことを案じてくれる副長に、とりあえずは倫理的に許されるであろう範囲で嘘をついておく。


「一人にしてくれ」


 そういわれれば仕方がない。島田と二人で一礼してから立ち上がり、廊下にでた。


『相棒、副長を頼む』


 縁側のすぐまえでお座りしている相棒に、ジェスチャーで命じる。


 相棒はふんっとすることなく、おれをみている。

 了承してくれている、と理解しておこう。


 廊下を曲がる際に振り返ってみると、まだそのままの姿勢でいる副長の背は、いやにちいさくみえた。


「主計、ここなら一人でゆっくりつかえる」

 

 廊下を曲がってしばらくあるいた部屋のまえで、島田が障子をひらけながらいった。


 なかをみると、六畳ほどのなにもない部屋である。


「充分ですけど・・・・・・。島田先生、先生の部屋は?」

「みなといっしょだ。おかしなものでな。これだけ部屋があるというのに、みな、いっしょの部屋がいいらしい」


 島田は、そういって苦笑する。


「その・・・・・・。おれも、一人ではさみしくて。それに、副長にはああいったものの、眠れそうにありませんし。よろしければ、いっしょに・・・・・・」

「おいおい、主計。わたしは、副長や伊庭君ほどかっこうがよくないし、そもそも・・・・・・」

「ちょっ・・・・・・。島田先生まで、やめてください。そういうのは誤解です。みなさんの妄想、捏造、創作にすぎません」

「そうだろうか。副長への想いは、局長をのぞいてはおまえが一番熱そうだが」


 なんてこった。そんなふうに思われてるのか?


「まぁいいだろう。わたしも、眠れそうにない。話をするのなら、付き合おう。それ以外なら、お断りだ」

「先生、話にきまってるじゃないですか」


 なんだかんだいいながら、島田がさきに部屋にはいってしまった。


「さきに申しておくが、わたしは柔術もたしょうできる。相撲にいたっては、林先生と五分だ」


 林先生とは、島田とおなじ伍長で、十番組でそこの組長である原田を支えていた柔術の遣い手である。相撲もかなりのもので、子どもらの先生であった。


 京から大坂へ退く途中に重傷を負い、沖田や藤堂のいる丹波に山崎とともに逃れたのである。


「わかっていますってば。襲うようなことはいたしません。ってか、柔術や相撲どころか、剣術だってかないっこありませんから」

「はは、またまた謙遜を。かなり遣えるではないか」


 島田・・・・・・。


 やっぱり周囲をよくみていて、しかもはいっさいのくもりがなく、公正明大にして寛容な判断をくだせる、いい男だ。


「之定」は、とりあえず部屋のすみ、掌の届く範囲に置いておく。島田も同様に、太腿のすぐ横ではなく、すこしはなれたところに置いている。


「それ、土佐守藤原正宗とさのかみふじわらまさむねですよね?」


 島田の左腰に脇差が残っているのを、きいてみる。


 それは下腹刀したはらとうといい、多摩地方の郷士が所持していたものである。下原鍛冶といわれる刀工たちがつくったもので、下原イコール下腹イコール切腹とイメージが強いため、人気がなかったのだとか。

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