暇乞い
「鴻之台で幕府軍と合流し、そこで評議がおこなわれます。経験や実績をかわれ、副長、あなたが参謀に選出されるんです」
「さすがは副長。まぁ当然のことといえば当然だな」
島田が、感心している。
「これですべてです。もちろん、おれがしっている範囲ですが」
心のなかで、従者斬殺の件以外はと付け足し、テヘペロっておく。
「なるほど・・・。気を遣わせたな、主計。ならば、すくなくとも鴻之台でおれが注目に値する男であることをしらしめるところまでは、実現すべきだな」
副長の一言で、俯き加減の俊冬が視線をあげる。
「注目に値するところまで?」
俊冬とおれのつぶやきがハモる。
「みな、おれを称讃するんだろうが?なら、注目するってこったろう?」
「その・・・。期待をさせてしまって申し訳ございませんが、じつは、会津藩士で伝習隊に移籍している秋月さんもいらっしゃって・・・。秋月さんが隊長に抜擢されるんです・・・」
そこで、めっちゃにらみつけられてしまう。
「もっとも、副長が会津藩士である秋月さんを立てた、とも伝えられています。経験も実績も知識も行動力も汚さも、副長のほうがだんちにちがいますから」
「ちょっとまちやがれ。汚さってのは、どういう意味なんだ、ええ?」
「す、す、すみません。つい勢いで。ほめるところは、一つでもおおいほうがいいと思いまして」
「だんち、とはどういう意味だ?」
「いいんだよ、島田。そんなことはどうでも」
「はぁ・・・。ですが、気になりまして・・・」
「だんちがい、の略ですよ、島田先生」
「おお。それは斬新な。だんちか・・・」
副長は、天井にうっとりと瞳を向ける島田に一瞥をくれ、またにらんできた。
「ちょっ・・・。いまは、そんなことはいいではないですか」
とりあえずはごまかし、もとい本筋へもどす。
「主計の説明で、おれが江戸にいるべきではないという理由はわかった」
副長は眉間の皺を皺を濃く刻んだまま、それを俊冬へと向ける。
「ならば、宇都宮で城を攻略した直後に江戸に戻ってくればいい。登、それから秋月殿にあとのことは任せてな。そうじゃねぇのか、俊冬?そうすりゃ、おれも負傷せずにすむ」
副長の鬼や悪魔すら震え上がらせる視線のなか、俊冬はまたしても視線を畳に落とす。
「おっしゃるとおりです。なれど副長、局長の死を目の当たりにする勇気はございますか?それも、切腹ではなく不名誉きわまりない死をです。わたしには、いまのあなたにかような勇気があるとはとうてい思えませぬ。そして、局長も、親友であるあなたに、かような死を見届けてもらいたくないのではないでしょうか」
いつものような心地いい声ではなく、嗚咽まじりにささやく俊冬。
かれのいうことはわかる。いちいちもっともである。第三者からみても、副長がそれを目の当たりにして耐えられるとは思えないし、局長も刑場の矢来の向こうから、親友にその瞬間をみてもらいたくないだろう。
「ゆえに江戸からはなれていただきたく、進言しております」
またしても沈黙が支配する。
副長は、腕組みした。
5mほどはなれたところでちいさくなっている俊冬を、いかなる気持ちでみつめているのであろう。
島田が、身じろぎした。普段なら気にもとめない、軍服のこすれる「かさかさ」という音が、耳についてうるさいくらいである。
「俊冬、かっちゃんから頼まれたのか?」
おだやかに問われたにもかかわらず、俊冬の肩がびくりと震えた。それこそ、頭ごなしに怒鳴られたかのように。
「おれを江戸からでてゆくよう仕向けろとでも、頼まれたのか?」
「いえ・・・」
「なにゆえ、かように怯えている?暇乞いと関係あるのか?」
「申し訳ございません。いまはなにも申せませぬ」
副長の双眸と追及から逃れようというのか、俊冬は畳に両掌をついて叩頭する。
「俊冬、やめろ。相貌をあげるんだ。おまえのいうとおりだ。いまのおれには、江戸に残ってかっちゃんの最期を直視する度胸はねぇ。だが、その日がわかってるってのに、江戸からとおく離れた地で、あらゆる感情におし潰されそうになる度胸もねぇんだ。俊冬、だったらおれはどうすりゃいい?」
副長は、絶対にこたえられない問いを投げかける。
だが、副長の気持ちはわかりすぎるほどに理解できる。
おれでも、どっちをとっても耐えられない。
俊冬も叩頭はやめたものの、あいかわらず視線をあわそうとしない。
「主計、あと何日だ?」
「二十日ほどです」
処刑の日がいつかをきかれ、ソッコーこたえる。
「宇都宮にはゆく。そこで、ひと暴れはしよう。だが、そのあとのことは、おれもどうするか正直わからねぇ」
つまり、土壇場になるまで、みにゆくかどうかはわからないわけだ。




