副長のハプニング
「明日、おれが嘆願書をもって板橋にゆき、とっ捕まったら戻ってこれなくなります。島田先生、相棒の面倒をお願いできますか?」
ペットホテルがない以上、相棒を信頼できる者に託すしかない。島田ならやさしいし、面倒見がいい。うってつけだろう。
「とっ捕まる?おまえも拘束されるのか、主計?」
「そうなんですよ、島田先生。おれみたいに真面目で正義感が強く、犯罪などとはまったく縁のない男が、ですよ。弁護士を呼んでもらいたいくらいです。って、島田先生、きいてもらってますか?」
相馬主計という男のことをガチに伝えているというのに、島田は舟をこぎかけている。
「おっとすまぬ。副長に会えてほっとしてしまったようだ。無論、兼定の面倒はみるが・・・。たまに頼んでもいいのではないのか?」
なんてこった。誠の相馬主計のくだりはきいていなかったらしい。
「副長、じつは・・・」
そのタイミングで、俊冬は暇乞いするつもりらしい。
「どうした、たま?」
副長のちょっぴり疲れた感ただよう笑顔に、俊冬は視線を畳に落とす。
やっぱり、ぜったいにおかしい。
「その・・・。しばし、暇をいただけないでしょうか」
「それは、いいが・・・」
突然の暇乞いに、副長も戸惑っている。島田と相貌をみあわせてから、また視線をもどす。
俊冬の心のなかを推し量るかのように、双眸が細められる。
「まさかとは思うが、勝に啖呵きったことを実行するんじゃねぇだろうな」
ええっ?敵の主要人物の暗殺?それとも、京までいって岩倉を消す?もしくは、その両方をやる?
「俊冬・・・」
「ちがいます」
俊冬は相貌をあげ、きっぱり否定する。
「ちがうのです・・・」
太腿の上で、握りしめられている拳。
「わたしなりに、いましばらくあたりたく・・・」
そしてまた、相貌をわずかにうつむける。
「副長・・・。その・・・。もう間もなく、江戸城は敵に引き渡されます。そうなれば、江戸はますます危険になります。一日でもはやく、これより逃れてください」
俊冬・・・。
史実に伝わる副長のこれからの行動を、おれは意図的に伝えなかったのに、なにゆえそのようにアドバイスするんだ?
おおきな部屋に四人。燭台の灯芯がたてるちりちりというかすかな音が、やけに耳につく。
副長も島田もおれも、あきらかにかれがなにかを隠している、なにか重大なことをだまっている、ということを見抜いている。
「これ以上、江戸に残る意味はございません。いっこくもはやく、会津に・・・。主計と利三郎は、弟がかならずや護り抜き、逃します。ゆえに、副長は、どうか・・・」
「主計、おれは江戸にいねぇほうがいいのか?おまえは、このすぐあとのことはしらねぇつったよな?」
とつじょ、こっちにふる副長。
「は、はい・・・。すみません。じつは、幕府の脱走兵とともに宇都宮にゆき、宇都宮城を落とします」
これ以上、嘘を重ねるのも気がひける。仕方なしに、未来に伝わっていることを述べることにした。
伝えながら庭をみると、相棒がまた縁側のすぐ向こうでお座りしている。じっとこちらをみつめる双眸は、じつにやさしく気遣わしげである。
いったい、だれのことを気遣っているのだろう。
「その後、城を奪還しようとする敵との戦闘のなかで、副長が・・・」
「死ぬのか?」
島田がかぶせてきた。しかも、殺してるし。
「いえ、ちがいます。そんなにすぐ死んだら、びっくりですよ。脚を負傷するだけです」
「だけ?」
副長の眉間に皺がよる。
ったく、あげあしとりなんだから。
「すみません。脚だけでも、立派に名誉の負傷ですよね」
じつは、それだけではない。副長はこの宇都宮城攻略戦で、味方を一人斬るだろう。怯えて逃げようとしたところを、斬るのである。いわゆる、みせしめだ。
斬られる者は、従者とも新米隊士ともいわれているが、名前等詳細な人物像は伝えらえていない。
だが、味方はそのおかげで奮闘し、城を奪えたといっても過言ではない。
もっとも、副長は、脚の怪我の療養中にその斬殺した味方の供養を頼んでいる。そのことから、よほどの状況下で、副長は苦渋の決断でおこなったことであろう。
それは兎も角、斬殺された気の毒な味方のことを思えば、副長の脚の負傷もたいしたことはないのではなかろうか?
「その脚の怪我の療養後に会津に向けて出発するんですが、出発してしばらくの時期に局長は・・・」
局長は、斬首される。
そこまでいわずとも、副長も島田も察しているはず。
またしても、沈黙が室内にたれこめる。
「すみません・・・。伝えれば、それに縛ってしまうことになります。ですが、なにもしらなければ思うままに行動できます。勝手にそう判断し、しらぬといってしまいました。それに、まだありまして・・・」
副長に叱られるまえに、洗いざらい吐くことにする。




