帰り道にて
子どもらは、それぞれ仕立てあがった自分の着物を抱え、おれは相棒の綱を握り、永倉と原田は懐掌に、屯所までぶらぶらとかえっている。
おまささんは、息子と実家で夜まですごすらしい。
「しかし、鼠があんなもんひきずっていっちまうとはな・・・」
永倉が、右の指で無精髭をかきながらいう。
「鼠も、ただの好奇心からでしょう。ひきずるには、ちょうどいい大きさと重さですから」
苦笑とともに応じる。
相棒は、いつもの定位置である左太腿に鼻先がくるようにあるいている。
以前と違うことは、おれの左腰に、つねに「之定」があることである。
だが、おれも相棒もさして違和感なく、以前とおなじようにあるいている。すくなくとも、おれは違和感がない。
夕刻までにはまだ間がある。
通りは、京の町の人たちの往来で賑やかだ。が、さして忙しくあるいている、というわけではない。のんびり、といった感じである。
これがだれもかれもがいそぎあしであったり、あるきながら違うこともして、忙しくなるのは、いったいいつくらいからだろう。
それでも、京、いや、京都は、まださほど忙しいというわけではないのかもしれない。京都人は、まだおっとりしている。
これが大阪となると、忙しさはマックスになる。
みな、兎に角急いでいる。不思議なくらいだ。大阪府警の交通機動隊にいった同期から、「大阪の信号は悲惨や。赤でもちっとも止まってへん。車はじりじり前進しとるし、人間は車きとんのに平気で車道にでてきよる。黄色なんか、車も人間も加速や加速。ほんま、交通ルールなんぞ大阪ではあってないようなもんや。いや、大阪に交通ルールなんかあらへんわ」といって、笑っていたのを思いだす。
幕末の大坂は、どうなのだろう?京にしろ大坂にしろ、そこに住む人間の気質は、時代とともにかわってしまうのだろうか?
そんなどうでもいいことに思いをはせつつ、それを感じる。
足許をみると、相棒もすでに察知しているようだ。
もちろん、永倉と原田も・・・。
「昼日中から?ずいぶんと焦っているのですね?」
声を潜め、まえをゆく永倉と原田に声をかけると、二人はあるく速度をさりげなく落とし、おれをはさみ左右に並ぶ。
「人斬りの矜持ってやつか?それとも、雇い主にこっぴどくいわれたか?」
左側の原田もまた声を潜め、それから声を殺して笑う。
右側の永倉は、ずいぶんと嬉しそうである。
ああ、わかっている。永倉は、「四大人斬り」と遣り合える、ということが現実になりそうなので嬉しいに違いない。
「あー、新八?期待と気合が充実しているところに、まことにいいにくいが・・・」
原田はおれの肩越しに、永倉へすまなさそうに告げる。
そのとき、それに気がついた。
ちょうどまえから、みしった顔の男がやってくる。とはいえ、おれはその男、新選組の隊士なのだが、その隊士を屯所内でみかけたことはあるが、自己紹介しあったり世間話をしたことはない。
「どういうこった?なにゆえ、いま、ここに、あいつがいる?なにゆえいま、なんだ?」
永倉もまた、その隊士に気がついている。
申し合わせたかのようにあらわれたその隊士を認め、唸る。
それは、驚きというよりかは、失望と不快とが入り混じったような呟きである。
その隊士とは、三浦啓之助。
おれたちにつきまとっている気の持ち主を、父の仇とするはずの男である。