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よく噛んで食べましょう

「ええ、ええ。それはそうでしょうとも。副長。それでしたら、副長職以上の給金を支払わないと、かれらは働けば働くほど赤字になってしまいますよ」

「たしかに、そのとおりだな」


『ジョークちょっぴり嫌味添え』で返すと、副長がマジでかえしてきた。ゆえに、またもや地雷を踏んでしまったのかと焦ってしまった。


「が、金がねぇ。あいつらには悪いが、資金面でどうにかなるまで甘えるしかねぇな」


 副長は、うしろからついてくる隊士たちにはきこえぬようささやく。


 それこそ、隊士たちに支払う金子すらないのかも。


 一番ひろいということで通された部屋は、三十畳はあろうかという大部屋である。しかも、上座は一段高くなっている。


 現代っ子バイリンガルの野村がいたら、喜び勇んで子どもらと殿様ごっこをしそうである。


 そんな想像は兎も角、おれたちを追って江戸に潜入したのは、六名である。


 島田と中島と沢。それから、旗役頭取の漢一郎あやいちろう。大坂出身で、旗役頭取だけあってルックス抜群である。身長が高くてモデルっぽいといえばいいか。

 おとなしいかれも、残念ながら「おもろない」サイドの男で、アラサーである。


 かれは、会津の母成峠の戦いで戦死することになっている。


 畠山芳次郎はたけやまよしじろうは未成年で、両長召抱人である。つまり、準隊士といった扱いである。すばしっこく、我流の剣をつかう好男子だ。


 かれも母成峠の戦いに参加するが、生き残って福島で投降する。


 松沢乙三まつざわおとぞうもまた、畠山同様まだ未成年の両長召抱人である。見た目はイケメンで優等生タイプの畠山とは正反対で、ごっついヤンチャ系のかれは、畠山と入隊時期がほぼおなじである。というわけで、二人は仲がいい。

 見た目に反し、畠山の方が活発でガンガンいくようだ。松沢は、やさしくおとなしい性質たちをしている。


 かれも母成峠の戦いに参加する。それから、蝦夷まで渡る。終戦間際に行方しれずになったとも、離隊して箱館に残ったともいわれている。

 すくなくとも、死にはしないわけだ。


 松の木が二本あるちいさめの庭に、相棒が寝そべっている。


 相棒も医学所で夕飯はすましている。もうお眠の時間である。


 副長を上座に、とはいえ、床の間はつかわず、その手前に輪を描いて座し、おたがいに報告しあっているところに、俊冬と沢が夕食を運んできた。


 懐中時計は21時35分を示している。


 若い二人も若くない四人も、一心不乱に喰っている。島田など、おにぎりや卵焼きが親の仇であるかのように鬼気迫った様子で口に放り込んでいる。


『もっとちゃんと噛みなさい。消化に悪いわよっ』


 母親みたいに、心のなかで何度叫んだことか。


 時間にすれば十分かそこらで、運んできた食料は全部なくなった。

 

『あまるかもしれない』


 そんな俊冬の心配は、杞憂におわった。


「なんと・・・。副長と主計と兼定の夜食がなくなってしまいました」


 さしもの俊冬も苦笑している。


「ええ?それは申し訳ございません、副長」


 島田が、からになった鍋のなかをのぞきこみつつ詫びる。

 申し訳なさそうな感じがいっさいしない。


「うまかったです、たま先生。わたしたちは、食べ盛りですから。なぁ、乙三?」

「たま先生とぽち先生の料理が喰えなくなったら、新撰組を離脱するかもしれません」


 畠山につづき、松沢がいう。二人ともあどけない相貌かおに、はにかんだ笑みを浮かべている。


 食べ盛りって・・・。


 いったい、いつまで食べ盛りなんだ?もしかして、永遠の二十歳はたちとおんなじで、永遠の思春期とでもいうのか?

 松沢にいたっては、ジョークにならないじゃないか。


 まさか、蝦夷でいなくなるっていうのが、双子の料理が喰えなくなるからってことなのか?

 

 だとしたら、ただの喰いしん坊だ。


「うまそうに喰ってくれることこそ、料理人にとってはなによりの馳走。なれど、新撰組を離脱されるのは困るな、松沢君」


 俊冬がやんわりとたしなめると、松沢は相貌かおを俯けてしまった。


「申し訳ございません。乙三は、局長がなにもせぬまま投降されたことに、腹を立てているのです」


 畠山は、松沢をフォローする。もっとも、フォローというにはビミョーすぎるが。


「おい、松沢」

「も、申し訳ございません」


 副長のドスのきいた声。

 

 松沢は、委縮してしまっている。


「あやまるな。なにも間違ったことをしてるわけじゃねぇんだ。畠山、おめぇも松沢とおんなじだろう?漢は?おめぇも、不満に思ってるんだろう?」


 畠山も漢も、図星だったようだ。副長と視線を合わさぬよう、俯いてしまった。


「忠助、おめぇはどうだ?」


 そして、廊下に面する障子のすぐまえで控えている沢に、おなじ問いをふる。



 沢も双子同様、あくまでも小者兼馬の口取り役だといいはり、食事をいっしょにとることはめったにない。いまも、一人おれたちからはなれ、喰っていた。


 副長がどれだけ「ともに喰え」といっても、かたくなに拒否るのである。





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