そして、隠れ家へ
いくら名医と名高い松本でも、いまこの時期に新撰組に肩入れしてただですむとは思えない。
戦後、降伏先で投降するのとでは、敵の心象もずいぶんとちがうはず。
そして、新撰組の局長が生きているのと、その頸を刎ねられたあととでは、敵の温度差は異なるであろう。
「ええ。松本先生なら、わが身がどうなろうと助命に駆け込むはず。そうなれば、ご本人だけでなく、奥方やご子息にまで迷惑がかかります」
「ああ、そうだな。法眼は無論だが、あの器量よしの奥方になにかあっちゃぁ、おれも立つ瀬がねぇ」
ええ、副長。きっとそうでしょうよ。
「ってか、息子がいるのか?」
「銈太郎という方が。やはり、医師を目指されておいでのようです」
俊冬のいうとおりである。
松本にもたくさん息子がいる。いまの銈太郎は長男で、あまりしられていない。ウィキでもかれの詳細は作成中になっている。
有名なのが、八男の本松である。松本本松、という回文の名をもつ息子である。が、本松は、明治十八年生まれ。いまはまだ、存在しないどころか順番まちの段階である。
「松本先生には、林董という実弟もいらっしゃいます。幕臣です。たしか、イギリスに留学していて、もうすこし後に帰国するはずです。この後、会うことになります。なにせ松本先生と林さんのご兄弟の遠縁が、副長の大好きな榎本艦長なんですから。ともに行動することになります」
「はあ?だれがだれを好きだって、ええ?」
副長は、榎本という名に苦笑している。
とりあえずは、松本に未来を告げずによかったのだと、自分で納得しておくことにする。
もしかすると、おれ自身のことを会津で告げることになるかもしれない。なぜなら、かれとじっくり話がしたいから。
松本とは、一度膝突き合わせて双子のことを話がしたいと思っている。
当人たちや副長、それから相棒のいないところで。
それが実現することを、祈るばかりである。
そうこうしているうちに、今戸の隠れ家に到着した。
おれも、あるくことがすっかり慣れてしまっている。
なにせ、京と大坂を往復したことがあるのだ。
最初こそ、どこへゆくにも疲労感があった。が、そのうちそれもなくなった。いまでは、これがあたりまえですら感じる。
現代人は、健康やダイエットのために時間をとってウォーキングをしたり、通勤時に一駅分あるいたりと工夫している。が、幕末ではあるかなければどこへもゆけない。
ただ、動く分喰っている。とくに、双子が食事をつくってくれるようになってから、めっちゃ喰っている。いくら動いても、その分喰っていれば痩せるわけはない。が、かれらのつくる食事のほとんどが、栄養バランスが整っているうえに太る要素の食材がすくない。たしかに、太りはした。が、それもある程度までで、その一定の値を上下しているにちがいない。
なにせ、体脂肪計がないのである。推察するしかない。
それともこれは、おれの希望的観測なんだろうか。
双子が準備した隠れ家は、なんの変哲もないがそこそこのおおきさの屋敷である。寂れた感がほとんどない。ついこのまえまで、だれかが住んでいたかのようにもうかがえる。
まるで、時代劇にでてくる悪役が住んでいる屋敷みたいだ。
「越後屋、そちも悪よのう」ってよくあるパターンのお代官様が住んでいそうだ。
ほうっと感心するくらいの門に、おおっと感嘆するほどのおおきさの庭がある。庭には、桜の木が数本植わっている。もちろん、いまは青々とした葉っぱだらけだが。ちいさな池もある。
厨と厠、風呂は、母屋とは別にあるようだ。
最初に滞在した秋月邸よりかはちいさいものの、隠れ家にしてはご立派すぎる。
双子は、これだけの屋敷をだれからどのようにして入手したのだろう。
またもや、だれかにお願いしたのか?
資金援助してくれている有力者か、貸しのある金持ちにでも協力をとりつけたのであろうか。
新撰組の名ではなく、かれらの相貌で。
おそらく、尋ねてもスルーされるかはぐらかされるだろう。
なんとなく、そう思える。
「副長」
敷居をまたぐよりもはやく、島田や中島たちが飛びだしてきた。
「ご無事でなによりです」
「ああ、島田。こいつらがいるからな。おれを狙うには、狙う馬鹿どものほうが生命がいくつあってもたりゃしねぇだろう」
副長は左掌をこちらへ、厳密には俊冬と相棒なんだろう。兎に角、左掌でおれたちを示しつつ笑った。
「ぽちたまが隠れ家だけではなく、しばらく潜伏していられるよう、必要なものを準備してくれています。とりあえずは、屋敷内を掃除しておきました。ささっ、はやくなかへ」
島田と中島の案内で、さっそくなかに入った。
運んできた喰い物は、沢が引き継いでもってくれた。
「医学所で夕飯をつくりましたゆえ、今宵はそれにて我慢してください。わたしは厨にまいり、準備をしてまいります。主計、兼定は奥の庭につれてゆこう」
俊冬が玄関先でつげた。みな、おおよろこびである。
「すみません。おれもあとでゆきますので。相棒、たまについていけ」
俊冬と沢は、玄関からでていった。相棒がそれにつづく。
庭を横切るか突っ切るかして、厨にゆくのだろう。
「厨に米や味噌、それに醤油や干物がございました。ほかにもなにかありそうです」
中島が報告した。
「できた男はちがうな。そうは思わねぇか、主計?」
島田と並びあるきつつ、副長が厭味ったらしくふってきた。
ちゃんと食料まで準備している双子は、そりゃぁもうできた男たちである。
そんなことをわざわざ口にださずとも、ここにいる全員がわかっている。




