弟がいなくて力がでない
「まさかぽちがいないから、さみしすぎて元気がないってこと、ありませんよね?」
ちょっとしたジョークをぶつけてみる。
「主計にしては、冴えているな。われらは、一心同体。距離が離れてしまうと力がでなくなるのだ」
「マ、マジで?」
効果音的には、「バババーン!」だろうか。衝撃的すぎる。
なんか、「ア○パンマン」みたいなことをいってるし。
『顔がぬれ○力がでない』
これとおんなじだ。
「じゃぁ、ジャムお○さんにあたらしいぽちをつくってもらって、バタ○さんに投げてもらってはどうですか?」
って、いいかけてやめた。
そんな提案をしようものなら、俊冬なら実現してしまいそうで怖すぎる。
「でも、ぽちと離れ離れになることもありますよね?そういうとき、どうするんですか。なにかの依頼でってことになったら、「力がでません」では通用しませんよね」
そういえば、まだ双子の正体をまったくしらなかったとき、俊冬もいっしょに大坂までいったことがある。泊りではなかったが、二日ほど離れ離れになったはず。
「ひたすら想うのだ」
「はい?」
「どれだけはなれていようとも、われらはここのなかでつながっている」
俊冬は、指が四本しかないほうの掌を自分の胸にあてる。
「たがいに想い、想像するのだ。さすれば、ほんのわずかでも力がでるというもの」
「い、いや、たま。こんなこというのはたいへん失礼かとは思いますが、いくら双子でも、それはどうでしょうか?」
「どういう意味だ?「それはどうか」というのは、どういう意味で申しておる」
「ぶっちゃけ、キモイっていうことです。お年頃の女の子の双子なら、もしくは、ちっちゃな双子の男の子たちならかわいいって思いますが、いい年ぶっこいた野郎二人が、おたがいを想ったり想像しあうなんて・・・。だいいち、めっちゃBLチックですよ、それ」
俊冬をみると、とくになんのリアクションもない。相貌に浮かぶ表情は、なんの感情もこもっていないようにみえる。
そんなにさみしいのか?そんなに力がでないのか?
日頃、いじられいびられいばられまくっているおれは、よほどいろんなものがたまっていたらしい。つまり、調子こいている。
まだまだツッコミつづけたい。
「でも、意外ですよね。おとなしくって控えめなぽちでしたらわからないでもないですが、たまがそこまでさみしがり屋さんだったなんて。どちらかといえば、手のかかる弟が側にいないので、いまのうちに女遊びするぞって感じにみえるのに。いやー、弟に兄貴面するだけでなく、足腰が立たなくなるまで痛めつけたり傷つけたりするたまが、一人ではなんにもできないなんて、マジ、笑えますよ」
ツッコミをこえ、さらに調子こいてしまう。どこまで調子にのれるか、試してみたい。
ってか、なんて気持ちいいんだ。
「くーん」
相棒の甘えた鳴き声で、はっとわれにかえった。理想の世界から現実世界へとたたき落されたように、引き戻されてしまった。
相棒は、俊冬の脚許にお座りし、めっちゃ心配げな表情でかれをみあげている。が、おれの視線を感じたのか、その鼻面がおれのほうへ向けられる。
相棒は、鬼か悪魔か、いや、この世界で一番極悪非道なおこないをしでかした人間をみるような表情になっている。しかも、すっくと立ちあがり、こちらへあるきだそうと・・・。
マジ、殺られるかも・・・。
唾を呑み込む音が、耳に響き渡る。
「いいのだ、兼定。わたしは、こういう誹謗中傷には慣れておるゆえ」
「ちょっ・・・。たま、誹謗中傷って、そんなつもりでは。すみません、調子にのって、思ってもいないことばかり口走ってしまいました」
自分で「それは嘘や」ってツッコミつつ、とりあえず謝りまくる。
「いいのだ、主計。いちいちもっともなこと。わたしがひどいということは、自身、よく心得ておる。最悪最低、地獄か奈落の底にでも落ちやがれといわれても、詮無きこと」
ホワット・ザ・ヘル・・・。
いったい、かれになにが起こったのか?
この眼前にいる神妙でよい子なかれは、誠に俊冬なのか?
勝の屋敷でのかれより、よほど不気味である。
「それで、主計。このあと、副長はどうされるのだ?」
が、突然の方向転換。
これは、いつものかれである。
もしかして、おれを油断させておいてブスリ、なんてことはないよな?
ってか、俊冬なら、おれが油断しようが厳重警戒態勢の監視下にいようが、蚊を掌でぱんとたたいてぺっちゃんこにしてしまうよりもたやすく、刺し殺すなり突き殺すなり斬り殺せるだろうけど。
「あの・・・。誠に申し訳ございません。つい、調子にのってしまったのです。さっきのことのほとんどが、そうですね。きっとちがう世界に住んでるおれが、おれを困らせるためにいったことにちがいない」
言葉がでるに任せているが、きょうび幼稚園児でももっとまともないいわけをするだろう。
いいわけの発想の貧弱さに、自分でも呆れてしまう。




