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主計 ごまかす

「無事でなにより。でっどうだった、勝さんは・・・」


 松本は、おれたちのまえにくると腰をおり、両掌を両腿においてぜいぜいと息をきらしている。


 運動不足になるのも仕方がない。それでも、通勤や往診は徒歩だから、まったくの運動不足ってわけでもないだろう。シャキシャキとあるけば、いいウオーキングになるはず。


「法眼。ご心配ばかりおかけし、申し訳ない。勝先生には、快く嘆願書を書いていただきました」

「よかったな。さぁはいってくれ」

「いえ、これにて。これ以上、ご迷惑をおかけ・・・」

「馬鹿いってんじゃねぇっ!昨夜も一時半(三時間)も寝てねぇじゃねえか」

「島田と夜半にまちあわせをしておりますゆえ」

「なら、それまでどうするってんだ、ええ?寝台ベッドもあいてる。休んでいけ。残りもので悪いが、昨夜のあさり飯もあるからよ。それ喰って、しばらく横になれ。三人とも、ひどい相貌かおだぜ。そら、はやくはやく」


 息を整えた松本は、副長と俊冬の腕をつかむとぐいぐいとひっぱって建物のほうに向かう。


「主計、おめぇも兼定もはやくこい。犬は専門外だが、兼定もきっとひどい相貌かおをしてるはずだ」

「だってさ、相棒」


 きりかえなければならない。副長たちが似てる似てないとか、そういったことはいまかんがえなくてもいいことである。


「いこう」


 綱を握りなおすと駆けだす。相棒も、ぴったり左脚によりそい、駆けだした。


 夜中にいただいた深川飯を、またいただいた。


 医学所に勤務する人や、入院患者たちのものであるはずが、ちゃんと残してくれていたのである。


 松本の屋敷を去る際、訪れるという約束はしなかった。それなのに、松本はくることを想定していたというわけである。


 俊冬が、相棒にぶっかけ飯をつくってもっていってくれた。


 その間に、副長とおれとで腹いっぱい喰った。冷えていても、うまいものはうまい。ありがたさを噛みしめる。


「それで、おまえが明日、嘆願書を板橋に届けにゆくんだな?そうすると、おれはどうすればいい」


 腹がいっぱいになってほっと一息ついていると、副長が尋ねてきた。


 そうくるだろうと想定していたので、脳内で練り上げた筋書きを感情も表情かおもださずに、淀みなく口からだす。


「それが、そこのところの詳細はわからないのです。島田先生や中島先生、沢さんたちと江戸に潜伏する、としか。おそらく、助命嘆願の書を集めるんではないでしょうか」


 うまくいえただろうか?


 わかるかぎりでは、しばらくは江戸市中に潜伏するが、鴻之台、現代では千葉県国府台に集結している、幕府の脱走兵たちと合流する。そこで副長は前軍の参謀として選ばれ、そのまま会津藩士の秋月登之助あきづきのぼりのすけとともに前軍を率いて会津へ進軍するのである。


 秋月は、この戦が勃発してから幕府七連隊に転入し、その後伝習隊に転じて大隊長になった男である。副長とともに、宇都宮城攻略をおこなうことになる。


「そうか・・・」


 副長は、ただ一言答えただけである。


 おれからの情報がないので、もうなにも副長を縛るものはない。


 やりたいようにやってほしい。だからこそ、なにもいいたくなかった。そのうえで宇都宮にゆくのなら、それはそれでしかたがない。


 じつは、この宇都宮城。いったんは攻略するが、敵が奪還戦を挑んでくる。副長は、その戦で脚を負傷してしまう。秋月も負傷する。二人はともに、栃木の今市に護送される。そのすぐあと、残念ながら宇都宮城は放棄され、敵に渡ってしまうのだ。


 そして、副長が今市で治療をし、癒えて会津に出発する時分ころ、局長が斬首されてしまう。


 ゆえに、伝えられていること、つまり史実を告げたくなかったわけである。


「陽が暮れてから、移動する。それまで、おまえも体躯をやすめろ」


 命じるなり、副長はベッドの上にごろんと横になり、とたんに寝息をたてはじめた。


 松本が提供してくれた部屋は、通常なら四人部屋のようだ。本物のベッドである。このまえきたときには、そのおおくが木箱などの上に布団を敷いただけの簡易ベッドであった。


 おれも眠くはあったが、相棒の様子をみにいくことにした。


 いくらなんでも、俊冬におしつけてばかりでは申し訳ない。すくなくとも、かれのほうが活動量ははるかにおおいし、なんか喰ってるのかっていうくらい、喰っているところをみたことがない。


 そこでふと、京でまだしりあってそんなに経っていないときのことを思いだした。

 俊春の屋敷に遊びにいったときのことである。たしか、養子の松吉に会いにいったのだったか。が、松吉は沖田に剣術を習うために局長宅にいっていて、留守であった。

 そうだ。あのときは、原田と子どもらといっしょで、双子はおねぇに会いにいっていて留守だった。にもかかわらず、俊春の義姉のお美津さんに、ぜんざいをご馳走になったんだった。


 そのあと、よそ様の屋敷でまったりしていた。そこに、双子がかえってき、おねぇとともにオール明けだっていいつつ、お美津さんのつくった粥をすすっていたっけ。


 懐かしい・・・。

 あれはまだ、半年くらいまえか?


 ずいぶんとまえのような気がする。


 そんなことをかんがえているうちに、庭にでていた。

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