似てるっていうかなんていうか
医学所の門をくぐり、庭にはいったところにある木の手前で、副長がまえをゆく俊冬を呼びとめた。
もちろん、俊冬は歩をとめ、うしろを振り向く。頭上にある太陽が、かれの頬の傷を白く浮かびあがらせている。
松本のいうとおり、じっとみてみると、たしかに日本刀や小刀のような鋭利な傷ではない。もっとこう、なんというかギザギザの刃のような、たとえば、軍用のナイフとかフランベルジュとか、そういった刃の傷痕のようにみえなくもない。
俊冬と視線があった。いつもだったら、戯言か揶揄いをいってくるはずが、じっとこちらをみつめたままなにもいってこない。
二人でみつめあっているのに気がついたのか、副長もこちらを振り向いた。
マジか・・・。
ずっと思ってはいる。たしかに、ずっとそう思ってはいるのだが、こうして二人で並んでいるのをあらためてみると、あまりに似すぎている。相貌や雰囲気ってやつではない。ドッペルゲンガーといったようなものでも。
なにかこう、根っこのところというか、遺伝子レベルっていうところか、兎に角、なんとも表現のできぬ似方である。
左脚許をみおろすと、相棒がみあげている。やはり、そっくりだ。もはや、瞳だけの問題ではない。相棒もまた、眼前の二人と同様、なにかいいようの得ぬところで似ている。また視線を戻したが、まともにみることが苦痛でしかない。
正直、気味が悪い。体全体に悪寒がはしり、額に冷や汗が浮かぶ。
「主計。たしかに、わたしは人間ではなく獣であるが、あからさまにそのような瞳でみられると、さすがにこたえるな」
俊冬のその声は、かれにしては弱弱しい。それがかれの心情を吐露していることを、いやでも感じさせる。
驚きの表情が、かれを傷つけてしまった。が、わかってはいるが、いまのおれにはかれのことよりおれ自身のショックのほうがおおきく、余裕がない。
「す、すみません。そんなつもりじゃないんです」
口からだした謝罪は、平坦な声である。それこそ、紙に書かれたことを棒よみしている、ような。
医学所もずいぶんと静かである。当然のこととはいえ、あまりの静けさにいたたまれなくなる。だから、視線をそらせ、それを地面に向ける。できるだけ、相棒をみぬよう、地面に転がっているちいさな石に集中する。
遠くの方で、だれかが叫んだような気がしたが、医学所内でのことか、町の人のものなのか、はわからない。
「その・・・。さっきのひそんでいた浪人たち、それから、外にいた浪人たちも、殺ったんですか?」
石ころをみつめたまま、ちがうことを尋ねる。いま、思いつくせいいっぱいの質問である。
「いいや。外の浪人たちは、兼定のうなり声とわたしの脅し文句で逃げてしまった。はした金で雇われた連中だ。わりにあわぬというわけだ。奥にいた連中には、当て身を喰らわせた。頸を握っていたのも、そうみせかけていただけで、軽くしか握ってはいない。指の痕も残らぬ程度にな」
俊冬には、おれの内心の動揺がわかっているはず。それでも、そう答えてくれた。そう答えてくれたから、おれもショックをやわらげる時間を得ることができた。
「あの・・・。ほんとにすみません・・・」
「いや、いい。すこしやりすぎたようだから」
俊冬はわかっていて、わざとそういってきた。おれが、ちがうことでショックを受けていることを承知しているのに。
「たま。やりすぎとは思わねぇが、なんでもかんでもひっかぶるんじゃねぇ。なにも、おまえとぽちだけが悪者になる必要なんざねぇんだ。どうせ、連中にとっちゃぁ新撰組は憎き敵、悪の権化なんだからな。だが、よくやってくれた。おまえの恫喝は、おれでさえびびっちまう。おまえらなら、どんな啖呵をきってもやり遂げるって確信してるからな。余計におそろしいってわけだ」
副長が場の空気をかえようと、俊冬のほうへイケメンを向けていう。すると、俊冬は頭を下げつつ、「申し訳ございません」と謝罪する。
「じつは、最後のほうまで迷ったんだがな。性質や卑劣なやり方は兎も角、すくなくとも私利私欲のためじゃねぇ。それに、いま死ぬ運命でもねぇ。それを、たま、おまえの掌を穢させるにはおよばず、と判断した」
副長は、右腕をあげるとそれを伸ばし、俊冬のずいぶんと髪の伸びた頭をなでる。
「それに、おまえがそう望んでるってこともわかったからな」
そうつけ足すと、俊冬はうれしそうに笑みを浮かべる。
その光景は、兄が弟をほめるというよりかは、親が子をほめているようにしかみえない。
親子ほど年齢がはなれているわけでもないのに。
いや、親子というのもちがうかもしれない。
では、いったいなんなのだろう・・・。
「おーい!窓からみえたもんだからよ」
そのタイミングで、建物のほうから大声がし、松本が駆けてきた。




