表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

691/1255

恫喝

 勝などは、胡坐をかいたまま腰を抜かしている。


「やはり、気がかわった。勝、貴様の小賢しいその相貌かおをみるのも煩わしい」


 俊冬はうなるようにいいつつ、両掌をひらめかせ、浪人たちを奥の部屋へと軽く投げてしまう。


「ま、まちやがれ。書く。嘆願書でもなんでも書くから・・・」

「必要ないと申したであろう?敵のことごとくを殺る。江戸にいなくなれば京までゆき、まずは岩倉を血祭りにあげる。必要であれば、与する者すべて葬る。それで、おしまいだ。さすれば、兵は国に戻り、徳川の世に戻る。平和な世にもどるというわけだ。江戸も燃えることはあるまい?そうだな・・・。われらなら、三日三晩もあれば、それを実現できる。港さえひらいておれば、異国の者どもも武力でどうのこうの、という気にはなるまい。小栗や永井の手腕が問われることになろう。これで、貴様の理想どおり、江戸を焼かずに穏便にすませられる」


 これが俊冬以外の者がいえば、「頭おかしいんじゃないの?」ってことになるだろう。


 が、かれなら、いや、かれとかれの弟なら、いまいったことすべてを実現するはず。


 あらためて、かれらの底知れぬパワーを感じ、身震いしてしまう。


 さすがの勝も、もはや口をひらく元気も思考力もなくなっているらしい。


 がっくりと両肩を落としてうなだれている。


「どうにでもしやがれ。おいらは、江戸の町と上様を護りたかっただけだ」


 力なく、白旗をあげる。


 江戸の町と上様を護りたいだけ・・・。その裏で、いったい、どれだけの味方が犠牲になっているのか・・・。


 本末転倒といえばそのとおりだし、犠牲はつきものだといえば、それもそのとおりであろう。が、かれは、犠牲を強い、犠牲になるよう仕向けている。犠牲というよりかは、生贄である。その手段も、狡知きわまりない。


 しかし、一つ認めざるを得ないのは、かれの護りたいという気持ちは本物で、けっして地位や名誉や金のためではないということである。


 かれの性質たちが、イタイだけなのかもしれない。


 一歩、また一歩と勝へとちかづく俊冬。軍靴のままである。畳が傷んでしまっているだろう。


「案ずるな。奥方は関係がない。奥方に危害を加えるようなことはせぬ」


 凄みのある笑み。俊冬の頬の傷が、よりいっそう迫力をあたえる。


 俊冬が歩をすすめるごとに、勝は、後ろ手に尻をずらして逃れようとする。


「もういい、俊冬。勝先生がどうなろうがしったこっちゃねぇが、つまらねぇことでおまえの掌や二つ名を穢す必要はねぇ。勝先生、おれの気がかわらねぇうちに、とっとと嘆願書を記してもらいましょうか」


 そのとき、副長が立ち上がり、俊冬と勝の間に割って入った。


 勝をみおろし、上から目線でいう。


 俊冬が口を開きかけた。本来なら、「よろしいのですか?」とか、「ここで見逃せば、あとでどうなるかわかりませんよ」とか、いうところだろう。


 しかし、かれはそんなベタなことはしない。そのかわりに、じつに優雅で自然に、副長の脚許に片膝ついて神妙にこうべを垂れる。


「おおせのままに」


 そして、従順な執事のごとく了承の意を示す。


「わ、わかった。すぐに書く。すぐに書くから、とっととでていってくれ」


 勝は、副長まで気がかわられてはたまらないとばかりに、ソッコー準備し、嘆願書を書いてくれた。


 おれが受け取り、筆をもったまま呆けている勝に背を向ける。


 縁側にでると、相棒と視線があった。すると、相棒はすっとそれをそらすと、おれごしに勝をみ、口唇をあげてうなり声をあげる。


「ひいいいっ!はやく、でてゆきやがれ」


 勝の悲鳴と懇願が、背にあたった。


 笑うところではないが、笑ってしまった。


 勝は、誠に犬が怖いんだ。


 そして、おれたちは勝の屋敷をあとにした。


 勝の家をで、脚ばやに坂をのぼり、あるきつづける。俊冬を先頭に、無言のままついてゆく。胸ポケットから懐中時計をとりだし、時間をみると、12時前だったので驚いた。


 人どおりはまばらである。神社のあたりは、参詣客であろうか。じゃっかん人々がおおいように思えるが、そこをすぎるとすれちがうこともない。


 人々も、数日後に迫る江戸城受け渡しをひかえ、外出を自粛しているのであろうか。


 俊冬は、あるきつづける。


 念のため、つけてきている者がいないかを確認するためである。


 もっとも、本人と相棒の鼻がある。それでもなお、警戒する必要があるということだ。


 しばらくうろうろし、完全に大丈夫だろうというタイミングで、医学所へ向かった。そこから、今戸へ向かう。


 島田が、舟で流山から潜入し、合流する予定なのである。


 双子が、あらかじめ今戸に隠れ家を準備してくれている。おれの話をきき、手配をしてくれたらしい。


 やはり、できた男たちである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ