恫喝
勝などは、胡坐をかいたまま腰を抜かしている。
「やはり、気がかわった。勝、貴様の小賢しいその相貌をみるのも煩わしい」
俊冬はうなるようにいいつつ、両掌をひらめかせ、浪人たちを奥の部屋へと軽く投げてしまう。
「ま、まちやがれ。書く。嘆願書でもなんでも書くから・・・」
「必要ないと申したであろう?敵のことごとくを殺る。江戸にいなくなれば京までゆき、まずは岩倉を血祭りにあげる。必要であれば、与する者すべて葬る。それで、おしまいだ。さすれば、兵は国に戻り、徳川の世に戻る。平和な世にもどるというわけだ。江戸も燃えることはあるまい?そうだな・・・。われらなら、三日三晩もあれば、それを実現できる。港さえひらいておれば、異国の者どもも武力でどうのこうの、という気にはなるまい。小栗や永井の手腕が問われることになろう。これで、貴様の理想どおり、江戸を焼かずに穏便にすませられる」
これが俊冬以外の者がいえば、「頭おかしいんじゃないの?」ってことになるだろう。
が、かれなら、いや、かれとかれの弟なら、いまいったことすべてを実現するはず。
あらためて、かれらの底知れぬパワーを感じ、身震いしてしまう。
さすがの勝も、もはや口をひらく元気も思考力もなくなっているらしい。
がっくりと両肩を落としてうなだれている。
「どうにでもしやがれ。おいらは、江戸の町と上様を護りたかっただけだ」
力なく、白旗をあげる。
江戸の町と上様を護りたいだけ・・・。その裏で、いったい、どれだけの味方が犠牲になっているのか・・・。
本末転倒といえばそのとおりだし、犠牲はつきものだといえば、それもそのとおりであろう。が、かれは、犠牲を強い、犠牲になるよう仕向けている。犠牲というよりかは、生贄である。その手段も、狡知きわまりない。
しかし、一つ認めざるを得ないのは、かれの護りたいという気持ちは本物で、けっして地位や名誉や金のためではないということである。
かれの性質が、イタイだけなのかもしれない。
一歩、また一歩と勝へとちかづく俊冬。軍靴のままである。畳が傷んでしまっているだろう。
「案ずるな。奥方は関係がない。奥方に危害を加えるようなことはせぬ」
凄みのある笑み。俊冬の頬の傷が、よりいっそう迫力をあたえる。
俊冬が歩をすすめるごとに、勝は、後ろ手に尻をずらして逃れようとする。
「もういい、俊冬。勝先生がどうなろうがしったこっちゃねぇが、つまらねぇことでおまえの掌や二つ名を穢す必要はねぇ。勝先生、おれの気がかわらねぇうちに、とっとと嘆願書を記してもらいましょうか」
そのとき、副長が立ち上がり、俊冬と勝の間に割って入った。
勝をみおろし、上から目線でいう。
俊冬が口を開きかけた。本来なら、「よろしいのですか?」とか、「ここで見逃せば、あとでどうなるかわかりませんよ」とか、いうところだろう。
しかし、かれはそんなベタなことはしない。そのかわりに、じつに優雅で自然に、副長の脚許に片膝ついて神妙に頭を垂れる。
「おおせのままに」
そして、従順な執事のごとく了承の意を示す。
「わ、わかった。すぐに書く。すぐに書くから、とっととでていってくれ」
勝は、副長まで気がかわられてはたまらないとばかりに、ソッコー準備し、嘆願書を書いてくれた。
おれが受け取り、筆をもったまま呆けている勝に背を向ける。
縁側にでると、相棒と視線があった。すると、相棒はすっとそれをそらすと、おれごしに勝をみ、口唇をあげてうなり声をあげる。
「ひいいいっ!はやく、でてゆきやがれ」
勝の悲鳴と懇願が、背にあたった。
笑うところではないが、笑ってしまった。
勝は、誠に犬が怖いんだ。
そして、おれたちは勝の屋敷をあとにした。
勝の家をで、脚ばやに坂をのぼり、あるきつづける。俊冬を先頭に、無言のままついてゆく。胸ポケットから懐中時計をとりだし、時間をみると、12時前だったので驚いた。
人どおりはまばらである。神社のあたりは、参詣客であろうか。じゃっかん人々がおおいように思えるが、そこをすぎるとすれちがうこともない。
人々も、数日後に迫る江戸城受け渡しをひかえ、外出を自粛しているのであろうか。
俊冬は、あるきつづける。
念のため、つけてきている者がいないかを確認するためである。
もっとも、本人と相棒の鼻がある。それでもなお、警戒する必要があるということだ。
しばらくうろうろし、完全に大丈夫だろうというタイミングで、医学所へ向かった。そこから、今戸へ向かう。
島田が、舟で流山から潜入し、合流する予定なのである。
双子が、あらかじめ今戸に隠れ家を準備してくれている。おれの話をきき、手配をしてくれたらしい。
やはり、できた男たちである。




