目ざめし龍
双子が新撰組にちかづいたのは、勝が第十三代将軍の徳川家茂に坂本を助けるよう懇願し、家茂はそれをききいれ、御庭番的存在の双子に命じたのだ。
双子がその依頼を果たすには、自分たちだけではどうにもならず、新撰組に接触をした、ときいている。
よくよくかんがえてみれば、それもおかしな話だろう。双子なら、新撰組がいようがいまいが、坂本を助けることができただろうし、偽装だってできたはず。
おっと、そこのところの疑問は、いまここでかんがえることではない。
勝にいたっては、坂本を助けたい気持ちがある一方で、坂本が自分の思うように動かなかったのか、あるいは動きすぎたのかで、ウザくなったのであろうか。ゆえに、家茂を動かしつつ、裏で暗殺の手引きにいっちょかみしたのかもしれない。
もっとも、まさか双子が新撰組と組み、坂本を秘密裏に国外へ逃がしてしまうなどとは、思ってもみなかっただろう。
が、おれたちはそれをしてのけた。
死ぬはずだった坂本と盟友の中岡は、いまごろどこの国にいるだろうか。あいかわらず、抜群の行動力と人懐っこさ、さらには素晴らしいプレゼン力を駆使しつつ、おれの想像の斜め上をいく冒険をしているにちがいない。
では、小栗は?かれは、優秀な幕臣である。その功績ははかりしれないし、実際、会ってみたらめっちゃいい男であった。
徳川慶喜の恭順に反対し、この戦の主戦論を唱えつづけたがために罷免され、領地へ戻ってしまった。
そして、かれもまた、この閏四月に斬首されることになる。
理由は、大砲などを隠しもっているとか、勘定奉行時代に徳川家の金を隠蔽したとかいわれているが、ぶっちゃけこじつけである。
敵は、小栗の才を怖れていた。ひとえに、誠の理由はこれであろう。
その小栗もまた、勝がどうにかしたというのか?
たしかに、二人は仲がよくないといわれているらしいが・・・。
主戦派と恭順派という以前に、二人の確執は根強く深かったのかもしれない。
勝は、ライバルを死地に向かわせ、葬り去ることに躊躇いなどないはず。
「しらねぇよ。死人と負け犬の気持ちなんぞ、わかるわけねぇ」
「ならば、近藤勇の気持ちもわかるわけないな?」
「近藤?ああ、わかるわけねぇな。ありゃぁしょせん、百姓だ。百姓が、まがいものの身分を与えられ、有頂天になって転んじまった。たったそれだけのことよ。百姓を助ける義理など、ありゃしねぇ。土方、そういうわけだからよ。わるいが、かえってくれ」
いまほど、他人を憎いと思ったことはない。親父やおれをはめた連中よりよほど憎い。
八つ裂きにしてやりたい、とまで願ってしまっている。
隣で、副長が浅く呼吸を繰り返しているのが感じられる。
自分の怒りを、必死におさえこんでいるのである。
「勝よ。貴様もしょせん、つまらぬ人間であったな。そのままそっくり貴様に返してやろう」
さきほどの激しさと一転して、俊冬の声は静かである。そのギャップが、おれの全身を駆け巡る沸騰した血を静めてくれる。
副長も、おれとおなじようだ。深呼吸が、とまっている。
「貴様は、龍を起こしてしまった。起こしてはならぬ化け物を起こしてしまったのだ。もはや、後戻りはできぬ」
やわらかい笑みを浮かべつつ、詩吟でも口ずさむかのように告げる俊冬。それがまた、不気味すぎる。底知れぬなにかを感じる。
勝の掌から、ドサッと音を立てて本が落ちた。それは、畳の上で見開きのほうを下にしてへたりこんでいる。落下した拍子に頁が数枚めくれ、折れ曲っているのがうかがえる。
本の表紙はほとんどかすれてみえないが、英語のタイトルが記されているようである。
勝が本をよめるほど、英語が堪能だとはしらなかった。
もしかして、見栄っ張りなのか?
「嘆願書は、もはや必要ない。なぜなら、江戸にいる敵のお偉方ことごとく、消し去るからだ。勝、貴様は生かしてやろう。京にいる岩倉が、貴様の泣きっ面をみたがるであろうから」
俊冬、怖すぎるぞ。とんでもないことを、さらっといってのけている。
「だが、ここにいる貴様以外の連中まで、生かす義理はないな」
まるで肉食獣のうなり声のような声を耳でとらえたときには、奥の襖がふっ飛んでいた。文字どおり、二枚の襖が奥の部屋へふっ飛んでいたのである。
だれもが、度肝を抜かされたであろう。もちろん、おれもである。
って、思う間もなく、俊冬がこちらに向いて立っているのに気がついた。かれは、襖がふっ飛んだ奥の部屋に立っているのである。
だらりと下げた右の掌にも左の掌にも、なにかを握っている。
その部屋にひそんでいたであろう男の頸である。右掌の男も左掌の男も、死んでいるのかぴくりともしない。
そして、そのまま視線をわずかにさげると、数名の男たちが畳の上に転がっている。しかも、こちらも死んでいるのか、まったく動かない。
あっという間に、これだけの浪人たちを殺ったというのか?廊下にちかい位置から奥の部屋へ飛びこみ、あっという間に七、八名の浪人たちの頸椎を折ったとでも?
こちらの部屋に積まれた数々の本の山は、一つとして崩れておらず、埃の一つもたっていない。
アメージングすぎる。
かれは、瞬間移動でもしたのだろう。あるいは、魔術でもつかったのかもしれない。
さすがは、異世界転生で魔道師や魔術師をやっていただけのことはある。




