印を探しだせ!
おまささんの父親は、印の入った布袋をもちあるいていたという。
手拭を借りる。
かりに、宅内のだれかがもちさり、それをどこかでうっていないかぎり、印の入った袋は宅内にあるであろう。
「主計さん、おれたちにやらせてよ」
市村が、提案してくる。
子どもたちにはお遊びの延長程度であるが、相棒と連携しての臭跡探索などをさせている。
ちょうどいい機会かもしれない。ただ、今回は、ある意味難しいかもしれない。宅内には、対象のにおいが充満しているからだ。
「いいか、今回は、いつものようになにかを追うわけではない。どこにあるかわからない物を、探さねばならない。通常なら、いつもよりながい綱にかえ、動ける範囲をひろげるが、そのながい綱がないので、今回は綱はなしでゆく。そして、空中のにおいではなく、地面や床のにおいを追わせるんだ」
子どもたちに、手拭を渡しながら説明する。
それから、おまささんの父親の寝所に上がらせてもらう。
寝所は、奥の明かり取りの障子の下に文机があるだけで、ほんとうに質素な部屋である。
「よし、印が文机の上からなくなったと仮定し、そこのにおいを嗅がせ、そこから追ってみよう。手拭はまだいい」
説明を受け、子どもらは相棒に指示をだす。
幸運にも、文机の上は、印の入っていた木箱しか置いていない。しかも、それ以外のものを置くことはなく、そこで文を書いたりということもないらしい。
相棒は、木箱のなかにながい鼻を突っ込み、においを嗅ぐ。
「兼定、ゆこう」
市村の号令で、相棒が動きはじめる。
なんと、迷うことなく文机から畳の上を、壁にそって嗅ぎすすんでゆく。それから廊下にで、しばらく廊下の端をすすむ。
間もなく、廊下を渡って庭に降り立つ。
その時点で、犯人がだれだかわかった。
「相棒、痕跡を探せ」
うまくゆけば、まだ残っているかもしれない。
指示すると、相棒は、庭に降り立った周辺を嗅ぎ、しばらくすると縁側の下に潜り込んでしまう。
短い唸り声・・・。
ビンゴ。
「うわーっ兼定、床下にもぐっちゃったよ。どうする、主計さん?」
「一緒にもぐるにきまってるだろう、銀?」
市村は田村の問いにかぶせ、いうがはやいか四つん這いになって床下にもぐろうとする。
「まてまて、鉄。相棒が犯人、いや、下手人の痕跡をみつけたようだ。それを消してしまってはいけない」
「灯火をもってきましょう」
おまささんが、すぐにとりにいってくれる。
「鼠、よくでるんですか?」
まっている間に尋ねると、おまささんの父親は苦笑する。
「厨や店、居間に寝所、あらゆるところに。猫を飼っていましたが、その猫ですら逃げてしまうしまつで」
そのタイミングで、おまささんが戻ってくる。
火の灯った灯火を、床下の暗がりに差し込む。
相棒が、伏せの姿勢でまっている。
灯火の光を吸収し、瞳が光っている。
「気をつけて。ほら、みえますか?小さな足跡に、なにかをひきずった跡・・・」
大人も子どもも四つん這いになり、床下にもぐりこむ図は、なかなかみられるものではない。
灯火をかざし、指先でその箇所を指す。
「ほんとだ。なにかをひきずってる跡が、奥へつづいている」
泰助がいう。
「良三、一番小柄なきみが、相棒と一緒にこの跡を追ってくれないかい?灯火をかざしているから」
「うん、わかったよ、主計さん。いこう、兼定」
玉置は四つん這いの低い姿勢で、相棒のあとを追う。
しばらくしてから、玉置の声が奥の暗がりからきこえる。
「なにか落ちてる。あ、これかな?」
そして、相棒とともに戻ってくる。
犯人の遺留品をもちさる子がいる。子、というのは動物のことである。
犬猫鼠、鴉・・・。
それは、屋内外問わずである。その子たちは、それをどこかに隠してしまう。もちろん、それは悪意あってのことではない。本能や習性である。
ハンドラーのなかに、木の枝にナイフがひっかかっているのをみつけたことがあるという。
鴉が銜え去り、枝の上に置き忘れたか、興味をなくしたかであろう。
今回、下手人である鼠は、木箱から袋の紐をひっぱり床下で運んでいるうちに、あきらめたのか興味を失くしてしまったのだ。
子どもたち、それから永倉と原田は、なにゆえか鼻高々である。
おまささん父娘は、おおいに驚き、喜んでくれた。
すべての着物がただになった。
かさねていうが、現代ではこれは賄賂になる。