ソッコー拒否られる
アラフォーか?質素な着物姿の女性が立っている。
奥方だろうか?それとも、妾のだれかだろうか。
俊冬がこちらの身元と用向きを告げ、勝への取次ぎを依頼する。すると、女性は「しばしおまちください」といい、いったんひっこんでしまった。
断られるだろうか?まさかの居留守?などとかんがえていると、ほどなくしてさきほどの女性がもどってきた。
「どうぞ、おはいりください」
が、予想に反して、すんなり宅内に入ることを許された。
「わたしは兼定の小便をすませ、すぐにまいります」
俊冬がこちらに掌をだしてくるので、相棒の綱を託す。ってか、屋敷の周囲に潜む見張りか刺客かを、どうにかするつもりってわけか。
副長と二人、勝の奥方か妾について宅内に入った。
ほかに妾や子どもらがいるとしても、人の気配がない。廊下をあるきながら、さりげなく宅内を観察してみる。とはいえ、とおりすぎる部屋は、すべて障子で閉ざされている。わかりようもない。
外観よりかは、部屋数はおおいようである。
勝のいる部屋は一番奥で、木も盆栽もないちいさな庭に面した書斎である。
障子が開け放たれており、部屋の外にまで本がはみでている。っていうか、積まれた本が廊下側へくずれてしまったのだろう。
雑然と散らばったり積まれている本。ここだけは、奥方や妾も、掃除することを許されない。
主の唯一の居場所っぽい感じがする。
松本の医学所の自室もたいがいであるが、ここはもっとすごい。
「はいんな」
勝は、部屋の中央に座っている。そのまわりだけ本をどかせたかのように、不自然な空間ができあがっている。
副長は無言のまま部屋に入ると、脚許にある本をテキトーにどけ、腰の「兼定」を鞘ごと抜いてそこに胡坐をかき、「兼定」は左太腿の横に置く。おれは、一礼してから、同様に「之定」を鞘ごと抜いてから副長の右側に正座し、二人の間に「之定」を置く。
勝は、茶をすすりながら読書中のようである。おれたちがあらわれてから読書を再開したが、ちらちらと廊下をうかがう気配があり、実際のところは本などよんでいないことがうかがえる。
双子のことを気にしているのか・・・。
「あいつらは、どうした?」
おれが正座したところで、勝がきいてきた。
あいつらとは、もちろん双子のことである。
「勝先生は、よほどあの二人のことが気になるらしい」
副長が、おれにふってきた。それに、苦笑を浮かべて応じる。
「勝先生、おれたちの用向きは・・・」
「わかってる。せっかくだが、きく気はねぇ。ほかをあたんな」
新撰組は、一応、幕臣として勝や幕閣の指示にしたがってきた。最後の流山への移転の際にとめられたのはスルーしたものの、それもちゃんと筋はとおしている。あのまま五兵衛新田にとどまっていたら、敵に捕まっていた。それこそ、逃げだす機会も得られぬまま。
勝は、それを望んでいたのである。
それは兎も角、勝の態度は想定内である。
案の定、副長がいいかけたところをかぶせられ、ソッコー拒否られてしまった。
副長の胡坐をかく太腿の上で、握り拳が白くなっている。
もともと、勝とはあうわけもない副長である。しかも、こっちの願いを足蹴にされる以前に、生命まで狙われていることをしっている。
これまでずっと我慢してきてたが、それにも限界がある。いつぶちギレてもおかしくないだろう。
副長がぶちギレたとしても、おれにとめる術はない。それ以前に、正直、その気もない。
さきほど俊冬がいったとおり、勝の嘆願書じたいはなんの効果もないだろう。
本文を包む奉書紙をひらくことすらなく、ごみ箱にポイかもしれない。これがメールだったら、ごみ箱を経由せずに消去される勢いだろう。それどころか、手渡した何某のすぐ上の上司くらいまでしか、渡らないかもしれない。
しかし・・・。それをもってゆくことに意義がある。
おれがそれをもってゆき、とっ捕まって板橋で拘束されたいのである。
そっちのほうが、重要なのである。だからこそ、記してもらいたいという気はする。
もっとも、偽書を仕立て上げる。もしくは、「サOペンス劇場」かミステリー小説のごとく、いまわの際に血文字で書名をしてもらい、「勝は助命を願い、切腹して果てた」なんて、偽ってもいい。
局長にちかづけるのなら、手段はいとわない・・・。
などと決意しているのは、元刑事のおれである。
そんなとんでもないことをかんがえている間に、副長がアクションを起こしかけていた。
つまり、口よりさきに「兼定」をひっつかみ、腰を上げかけているのである。




