いよいよ勝さんちにやってきた
「ああ?なんでだ?あれは、おれが悪かった。いま、おまえにいわれてみて、なんであんなこといっちまったのか、自身わからねぇってな。あれがたまだったら、あんなこといっちまったか?ってかんがえてた。やはり、ぽちだったからかもしれねぇな」
副長は自問自答しつつ、あるきだした。
意外である。だが、副長のぽちだったからというのは、俊春が俊冬にくらべ、おとなしくて従順だから、ああいえば俊春が、「もうしません」とか「反省してます」とか答え、「気をつけろ」となって、副長自身、振り上げた拳をおろせるとでもかんがえたのであろう。
そういう意味にちがいない。
おっと、副長、あるくのはやくないですか?
あわてて追いかけようとしたところ、うしろから俊冬に尋ねられた。
「そのようにみえるのか?」
「はい?」
うごかしかけた脚をとめ、頸だけまわす。相棒も、鼻面だけ背後に向けている。
「あいつは、そのようにみえるのか?」
「え?ぽちのことですか?すみません。たとえが悪かったですね。いい意味でいいたかったんです。かれは、あなたのことをめっちゃ慕ってるって」
「そうか・・・」
一言だったが、その一言がいついつまでも耳に残ってしまった。
これ以上にないほど、感慨深げであったから・・・。
「だれかさんのおかげで、話がそれてしまいました」
って、思う間もなく、なにごともなかったかのように、俊冬は副長を追いかけつつ話しかけている。
しかも、おれのせいにしてるし。
「いこう、相棒」
もちろん、おれたちも追いかける。
「それで?」
俊冬、それから相棒とおれとが追いついたタイミングで、副長が問う。
「松本先生の手前、詳しくは申しませんでしたが、勝先生はわれらを害そうとされるか、あわよくば敵にうるおつもりです。まぁ一番いいのは、生け捕りにして手土産にする、ということでしょうか」
「ちっ!やはり、喰えねぇ野郎だぜ、勝のやつはよ。でったま、殺りたいってのか?」
あの勝海舟が、新撰組を罠にかけようとしている?こっちはただ、助命嘆願書を記してもらいたいだけである。
そもそも、駅前やweb上でおおくの人々に理解を得、署名を集められるのなら、なにもかれに頭をさげてまで頼む必要はない。
世論を味方にできない以上、敵に相貌をしれた勝に頼るしかないだけである。
かれは、どうしてそこまで新撰組を毛嫌いするのか。怖れるのか。
「正直なところ、生かしておいてもわれらに不利にこそあれ、利にはなりますまい。局長助命の嘆願書も、結局は役に立ちませぬ。敵にとっても味方にとっても、勝は二枚舌の弁士にすぎませぬ。とはいえ、江戸城開城をひかえたいま、その立役者を殺る時機ではございません」
副長も俊冬も勝を呼び捨てにし、もはや敬う気はさらさらなさそうである。
「なら、どうするよ」
坂がもうおわろうとしている。しれず、三人と一頭のあゆみがゆっくりになる。
「超絶過激に攻めてゆきます。わたしをどうするかは、あなたにお任せいたします」
俊冬は現代語をまじえて告げ、同時にあゆみをとめる。
「わたしは弟ちがい、人間を殺るのに躊躇いはございません。勝と勝の雇った浪人どもすべて、一、二度瞬きをする間に殺れます」
その言葉に、副長のあゆみもとまる。もちろん、おれと相棒もとまる。
「ああ、わかってる」
「なれどわたしは、副長、あなたの犬です。それをお忘れなきよう」
飼い主には絶対的忠誠を示す飼い犬・・・。
「ああ。よくわかってるよ、たま。だれよりも、よくな」
副長は俊冬の懐のうちに入ると、髪のすっかり伸びている頭を自然な動作でなでる。
「さぁて、かっちゃんを助けてもらえるよう、勝大先生に超絶誠心誠意頭をさげにゆくぞ」
副長は、不敵な笑みを浮かべる。それから、ランウエイのモデルみたいに、エレガントにターンし、坂をおりていった。
俊冬と相棒とともにつづく。
いったい、どんな駆け引きがみれるのだろう。
ワクワクしてる自分に、驚いてしまう。
勝の屋敷もまた、こじんまりとしている。
まるで、家族そろってバカンスにでかけているかのように。ひと気がまったくない。
閉ざされたちいさめの門のまえに立つ。左脚許で、相棒の鼻がひくひく動いている。ついでに、両耳も。
拳銃か刃物か。鉄や火薬のにおいに反応している。
俊冬が幾度か門をたたくと、朝一にもかかわらず、しばらくすると門がひらかれた。




