攻めるか受けるか
「そうだな、土方。いかなるときでも、側に信頼できる仲間がいるってのは、いいことだ」
松本のしみじみとした言葉に、そこはかとなく感動を覚えてしまう。
それから三時間ほど、ぐっすり眠らせてもらった。
双子の話が宙ぶらりんにおわり、気になってはいたが、横になったとたん、すぐに落ちてしまった。
俊冬は、副長とおれが起き、身づくろいと軽く湯づけをご馳走になった後、戻ってきた。
それから、おれたちは松本とときさんに別れを告げ、松本家をあとにした。
向かうは、勝海舟の屋敷である。
麹町から、赤坂へ。道中、三人と一頭は会話をするでもなく、それぞれのかんがえにふけりながら、あるいた。
おれはもちろん、夜中の松本との会話のことである。
医師の観点からきいたすべてが、驚くべきことばかりである。そして、さらに驚いたのが、副長がそれについてどうでもいいようなことをいったことである。
たしかに、双子は敵ではない。それは、太陽が東からのぼって西に沈むのとおなじように、疑いようもないことである。
が、これまで、おれたちがきいたこととはちがう事実があるとすれば?
副長は、真実をしりたくないのだろうか・・・。
それとも、おれが好奇心旺盛な餓鬼ってことか?
そんなことをあれこれかんがえていたら、無意識のうちに俊冬をこっそりうかがっていたようである。それを、向こうが気がつかないわけはない。
が、スルーしている。
俊冬が静寂の均衡をやぶったのは、氷川坂をあるいているときである。
「副長。いまのうちに、あなたのお気持ちをうかがいたく」
「ああ?おれの気持ち?」
早朝、人通りはまったくない。
イケメンズ二人と、並んであるいている。
仮眠をとった後に髭をあたってさっぱりした副長と、オール明けなのに、「リポ〇タンD」とか「レッ〇・ブル」とか呑みまくっているかのように精力的な俊冬。
っていうか、ヤバい薬でもやってるのか?ってくらい、かれはハイテンションを維持していそうである。
つまり、今朝もまた二人はいろんな意味でイケメンだ。
そんな二人と並んであゆむのは、リスクこそあれ、いいことなど一つもない。
おれの左脚うしろの定位置で、相棒がふんと鼻を鳴らす。
『俊春がいないから、ここでがまんしているんだ』、とでもいいたいのであろう。
「そのまえに。主計、弟がいないからとて、わたしに色目をつかうのはやめてくれぬか?副長と八郎君二筋、あぁ弟をくわえれば三筋か?兎に角、わたしは、副長とちがって、甘えるほうが好みなのだ。だれかと二人きりでいて、なにごとも導くのではなく、導かれるほうがいい。主計、おぬしもそうであろう?というわけで、おぬしとわたしは、合わぬ」
「ちょっとまちやがれ、いまのはどういう意味だ?それに、おれの気持ちがききたいってぇのは、甘えられる方がいいのかってことか?」
「そうですよ、ツッコみどころがおおすぎて、整理できません」
副長と二人、ツッコんでしまう。
てっきり、勝に会うまえの打ち合わせとばかり思っていたのに・・・。
「土方様、ずっとお慕い申し上げておりました」
俊冬は、とつじょ優雅な動作で副長の懐を脅かし、ふわりとその胸に飛び込んだ。副長は反射的に両腕をあげ、その華奢な両肩にすらりとした指をのせる副長。
「土方様・・・」
副長の胸元で、俊冬は副長の相貌をみあげる。
なんだろう。軍服姿なのに、声音と仕種だけで本物以上の女性にみえる。
「一度きりでもかまいませぬ。抱いてくださいませ」
ささやくようにいうと、ひしと抱きつく。
「わかってる。みなまでいうんじゃねぇ」
ジゴロらしく、ささやきかえす副長。しかも、しっかりと胸元に抱きしめて・・・。
ちょっ・・・。官能的すぎる。早朝の江戸の往来で、いきなり18禁をかまそうっていうのか?
「やはり、甘える方ではなく甘えられる方ではないですか、副長」
「うおっ!」
そしてまた、とつじょ野郎にもどってしまった。副長は、狐に化かされた助兵衛親父みたいに跳びあがり、驚いている。
「すごい。以前は、芸妓の恰好だったから最初っからそうだと思い込んでましたが、軍服でこれ以上にないほど野郎なのに、それでも女性になれるんですね」
「いやまて、主計。かような問題か?」
「そうでした、副長。やっぱ、副長は攻めですよ、攻め。副長が受けになるなんてありえませんし、ガラじゃないです。まぁ百歩譲って、世界一おれ様系の野郎だったらありえるかも、ですが。以前、京で攻めと受けの話はしましたよね?」
たしか、おねぇ関連で説明しただろうか?
確信はない。なので、さらっと説明しておく。




