名医 いい人 最高の漢(おとこ)
「近藤さんが?そうか・・・」
やっと、人間としての尊厳をとりもどせた。
さっそく事情を説明すると、松本は双眸にみえて落胆した。
「おれも、嘆願書とやらを書かせちゃもらうが、連中にとっちゃぁただの紙屑だろうよ」
「いえ、法眼。ありがたいことです」
ときさんは、膳を下げてから奥の部屋で休んでいるだろう。
相棒も、松本邸のささやかな庭で寝そべっている。
三人で膝をつきあわせている。副長が事情を説明すると、松本はわがことのように憤り、悲しんてくれた。そして、みずから嘆願書を書こうといってくれている。
この戦で、かれは会津から仙台へうつり、その地で降伏する。
体裁上、やむなしの処断なのであろう。戦後、かれは投獄されるが、そうそうに赦免される。そして、すすめられて明治政府に出仕し、初代陸軍軍医総監になるのである。
いつの世も、医師は権威ある職種なのである。
もっとも、それは松本だからである。
医師として腕が立つだけでなく人格者であるからこそ、敵対していた者ですら、出仕をすすめるのである。
「それで、どうするつもりだ?近藤さんを奪い返すのか?だったら、おれも会津ゆきを延期する。たいしたことはできねぇが、協力させてくれ」
松本は、そうささやく。
「法眼・・・。誠にありがたい。なれど、そのお気持ちだけいただいておきます。近藤さんは、すべて承知で投降してるんです。たとえ奪い返せるような状況になっても、逃げるようなことはしないでしょう」
松本は、副長の説明でなにやら思案している。
「おれがもうちょっと、前向きなことをいっておけばよかったな」
それから、ぽつりとつぶやく。
思わず、副長と相貌をみあわせてしまった。
「おとなしく養生してろっていってるのに、すぐに刀をひっつかんで素振りをしたがるんでな。『刀を振るどころか、箸すらもてなくなるぞ』って、ことあるごとにいっちまったんだ。実際のところは、派手に遣り合うようなことさえなけりゃぁ、なんとかやれるんじゃないかってところまでよくなってるんだ」
松本が入院患者の無茶ぶりを諫めるのは、医師として当然のことである。まだ完治していない患者に釘をさすのは、その患者のためを思ってのことにほかならない。
おおげさだろうが盛りすぎだろうが、そうすべきなのだ。
「法眼、あなたのせいではない。むしろ、あなたがそういってくださったからこそ、近藤さんは最後に思いっきり剣を遣うことができた。近藤さんにかわり、礼を申します」
副長は、深々と頭をさげる。
「い、いや。やめてくれ、土方。で、どうするよ」
「夜が明けたら、勝先生のところにゆくつもりです。勝先生なら、敵もしっているでしょうから」
「勝さん、か・・・」
松本は、視線を庭のほうへと向ける。
今の様子で、松本が勝をいいように思っていないことがわかる。
「勝さんは、自身の思いどおりにするためにはなんでもやるし、犠牲もいとわん。土方、新撰組は・・・」
「法眼、それは重々承知しています。承知しているうえで、頼みにゆくのです。いま、敵にどうこういえるのは、勝先生だけでしょう。法眼、どうかこのまま会津へいってください。新撰組も、遅れて会津へ向かいます」
副長は、いっきに告げた。
松本に迷惑をかけられぬ、というのが本音なのである。
こんないい先生、新撰組とかかわったからといって、いまここでどうにかなっていいものではない。
松本は、またしばらくかんがえている。
「わかった。なら、せめていまはしばし眠って、それから勝さんのところにゆくといい。で、医学所によってくれ。夜になるまで、ゆっくりすりゃいい。嘆願書は、それまでに記しておくからよ」
あらゆる意味でスマートな松本である。副長の言葉の裏をよみ、そうあっさりいってくれた。
相貌に、にんまりとした笑みを浮かべつつ・・・。
「そういや、俊冬もきているんじゃなかったのか?」
松本が、笑みをひっこめてきいてきた。
「勝先生のところへ、様子を探りに。おそらく、勝先生はおれたちが訪れることを想定し、警戒しているだろうと」
「そうか・・・。あいつらとは、どういうきっかけでしりあった?」
副長の答えに、松本は意外な質問をふってきた。
あいつらというのは、双子のことに他ならない。
「偶然です。もともとは、俊春殿の家族としりあったのです」
おれが応じる。
京で原田の得物の鞘を探していた際に、俊春の養子の松吉と竹吉、それから義姉に出会ったのがきっかけである。
それを説明しながら、ほんとに偶然だったのか、と思いはじめてきた。
「法眼、なにゆえかような問いを?」
おれが説明しおえると、副長が尋ねる。




