表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

682/1255

深更の深川飯

 副長はときさんについてゆき、おれは相棒を連れて建物の外をまわって庭にいってみた。


 庭は、よくあるパターンで居間に面している。おおきな桜の木が一本植わっていて、かかり稽古をするには狭いが、素振りや居合の型をするにはじゅうぶんなおおきさである。


 縁側にあがるのに、そこに腰をかけて軍靴をぬいだ。沓脱石の上にきっちり並べておいてみたが、ふと片方を掌にとり、相貌かおから50センチくらいのところでかざしてみた。


 うわっ・・・。


 ムレムレだ。しばらくの間草履でいたから、脚もこの突然のムレムレ感の再来に、とまどっているにちがいない。


 ふと、相棒をみてみると、おれから5mほどはなれたところで、立ったままじっとみている。


 めっちゃ眉間に皺がよってる。しかも、白目で舌をだしてる。ってか、それって、猫のフレーメン反応じゃないか?まぁたしかに、ほかの動物、たとえば牛や馬なんかでもあるはずだが、犬もそんな反応を示すんだっけか?


 おれの靴臭は、相棒に猫の真似までさせてしまうほどひどいのか?おれは、ぶっちゃけスメハラ野郎ってことなのか?


 まぁ犬の嗅覚は、人間ひとの100万倍から1億倍といわれている。訓練を受けた警察犬や麻薬探知犬といった使役犬なら、後半の値にちかい。


「相棒、わるいな。軍靴はこっちに置いておくから、ここでお座りしててくれ」


 べつに機嫌をとるつもりもないが、鼻のいい相棒に軍靴のちかくでお座りしろというのは、ある意味虐待である。

 

 軍靴を縁側の端までもっていき、地面に置いた。それから、居間で座っている副長の隣、すこし下がった位置に正座した。


 床の間のちいさな花瓶に、花しょうぶがいけてある。


 ほどなくして、廊下をどたどたと駆ける音が・・・。


「無事だったか、ええっ?」


 松本が、すごい勢いで居間に駆け込んできた。


「あらあら、ご主人様。ご無事です、とお伝えいたしました。おどきになってくださいな。土方様たちは、お腹がすいていらっしゃるはずでございます。人心地ついていただくのが、さきでございましょう」


 奥の襖が音もなくひらき、そこにときさんが三つ指ついている。めっちゃ冷静に夫をたしなめてる。


「あ、ああ。そうだったな」


 後年、日本の陸軍の初代軍医総監にまでなるかれも、奥方のまえではただの旦那のようである。

 

 松本は、不貞腐れて居間のすみのほうに胡坐をかく。


 その間に、ときさんは膳を胸元に抱えてはいってき、副長とおれのまえにおいてくれた。


「たいしたおもてなしができず、申し訳ございません」


 膳の上には、なんと深川めしがのっている。それと、沢庵とすまし汁も。すまし汁には、溶き卵が彩を添えている。


「兼定にももってまいります」

「す、すみません」


 恐縮してしまう。


 ときさんは、相棒にはすまし汁のぶっかけ飯に、沢庵を添えてくれた。


「いただきます」


 掌をあわせ、感謝の言葉を唱えるのももどかしく、膳の上の箸をひっつかむ。

 一心不乱に深川めしをかっこむ。とはいえ、しっかりと味わうことも忘れない。


 ぷりっぷりのあさりに、飯はあさりのもつだしがきいてる。ときさんの味付けもいい具合である。生姜が、ほのかにきいてる。こまかく刻んだ葱も、いい仕事をしている。

 あさりがこれだけはいっていたら、フツー、噛んだ瞬間に「じゃりっ」って一つくらいは大当たりするもんだが、一度もそんなふうにならない。


 ってまてよ・・・。


 これって、炊くのに時間がかかるのではなかろうか?いや、それ以前に、あさりは砂抜きとか必要なんじゃ・・・。


「じつは、ここ数日のうちに会津にゆく予定でな。それまでの間に、医学所で用事をすませにゃならん。暗いうちからゆくんで、今朝は、ときがこいつをもたせてくれるつもりだったんだろうよ」


 尋ねてみると、松本がそう教えてくれた。


 昨日、あさりが手に入ったとか。それでさっそく、というわけである。

 

 なんでも、松本の分だけではなく、医学所で働く先生や看護人や小者や入院患者の分まで、夜中までかかって大量につくり、もたせてくれるらしい。それが、今夜は深川めしで、いままさに炊き上がったタイミングで、おれたちが訪れた、というわけである。


 なんてグッドタイミング。

 神様、感謝します。


 でっ結局、副長もおれも、丼三杯分を喰ってしまった。

  

 あつかましいにもほどがある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ