投降 近藤勇
有馬はなにかいいかけたが、いったん口を閉じた。
もうなにをいっても、局長が投降するという意志をくつがえすことがないということを、悟ったのであろう。
「わかった。こん上は、おいどんも、いけんか穏便にすんよう働きかけもんそ、大久保さぁ」
有馬は、軽く頭をさげつつ告げる。近藤から大久保へと名をかえて。
副長の両肩が、みるまに落ちたのがわかる。おれの両肩も同様に落ちているはず。
せっかく提示された最後の望みが、断たれてしまったのである。
「有馬殿、付き添いをつけたいのですが」
副長の声に、わずかながら失意がにじんでいる。
「もちろんじゃ」
有馬はその願いを、ソッコーきき届けてくれた。
「あの・・・。有馬さん。このさき、下野国の壬生城にいかれるかもしれません。そのときには、どうか銃撃に気をつけてください」
門にむかいながら、有馬に忠告してしまった。
武人としての心意気をみせてくれたかれにたいし、敬意を表したくなったからである。
局長の肩をもってくれるかれは、壬生城で銃撃され、横浜の病院に入院する。
その間に、局長の処刑がおこなわれることになる。
史実では、かれは退院後にそれをしり、おおいに憤ったという。
「わかった。忠告、感謝すっ」
有馬は、一つうなずいて応じた。
いよいよ、局長がいってしまう。
みな、不安と悲しみにおしつぶされてしまっている。ただ呆然としている者、声を殺して泣いている者、声をあげて肩を震わせ泣いている者、各人それぞれの方法で、局長のまえに立っている。
大人はまだいい。とはいえ、島田は一人、派手に号泣しているが。もっとも、かれはすべてをしっている。号泣するのもいたしかたないかもしれない。
「いやです。わたしたちもまいります」
「おいていかないでください」
子どもらはいろんな意味で素直だし、感情をストレートに表現することをためらわない。局長に抱きついたまま、はなれようとしないのである。
二人とも、わんわん泣き叫んでいる。
それをみ、おれたちはさらに涙がでてしまう。
有馬とかれの部下たちも、しんみりみまもっている。なかには、こっそり筒袖で涙を拭っている者もみうけらる。
「局長には、わたしがつきそう。おまえたちは副長といっしょに、局長をまつのだ」
このときばかりは、めっちゃマジな野村が、子どもたちをひきはがしにかかる。
「利三郎さん、局長を護ってください」
「お願いです、局長を・・・」
ひきはがされ、さらに泣き声をおおきくする子どもたち。
「わたしの生命に・・・」
「案ずるな。わたしが、おまもりする」
俊春は、野村がいいかけたところにかぶせる。
局長を生命にかえて護り抜くことはできない。
俊春は、野村にそんな約束をさせたくなかったのであろう。そして、自分がその責を負おうというわけである。
「すまぬな、二人とも。副長のいいつけをまもり、いい子でな」
局長はぶっとい両腕を伸ばすと、いったんはなれた二人を胸元にひきよせ、ひしと抱きしめる。
局長は騎乗し、連行されていった。その馬の轡をとるのは、軍服姿の俊春。騎馬のすぐ横に控えるのは、野村である。
馬でゆくことは、有馬の誠意である。
「島田、登、漢、畠山、松沢、忠助は、永岡邸の後片付けをおえ、今戸の隠れ家へいってくれ。ほかは、とりあえずは先発した連中を追ってくれ」
「承知」
騎乗の局長の背がみえなくなったタイミングで、副長の指示が飛ぶ。
みな、涙を軍服の袖で拭い、表情をあらためる。
そうだ。心が折れている場合ではない。いまのおれたちにできることをしなければならないのだ。
「副長は、どちらへ」
島田の問いに、副長はそのイケメンを南西へと向ける。
「俊冬と主計、兼定とともに、さきに江戸に潜入する。おまえらは・・・」
副長は、先発隊を追いかける隊士をみまわす。
「鴻ノ台方面に。幕府軍が向かっていると思われます」
俊冬が助言する。
「だ、そうだ。田部、餓鬼どもを頼む」
「承知」
いぶし銀の元極道の田部が、クールに応じる。
「さあっ、ゆくぞ」
副長のかけ声で、全員が気を引き締める。
そうだ。もうすすむしかない。
どうなろうが、まえへ脚をだすしかないのである。




