三杯のかけ蕎麦
座った姿勢からだと、おたがいに斬りかかるにはむずかしい距離である。いかに凄腕の道場主であろうと、あるいは薩摩藩の居合の達人であろうと、「ゴムOムの実」でも喰わないかぎり、どれだけ腕を伸ばしても最初の一太刀で相手に致命傷を負わすことはできない。
双子がそろって三杯目を運んできた。軍服のシャツを二の腕までおり、前掛けをしている。
有馬は、その三杯目も一心不乱にかっこむ。
いっそすがすがしいまでのその喰いっぷりを、局長も副長も、おれの右隣に並んで座っている双子も、言葉もなくみつめている。
「ごちそうさまやった。生き返ったような気分じゃ。部下たちは、喰うたやろうか」
三杯目の汁をすすりおえ、からになった鉢をさきの鉢に重ねつつ双子に尋ねる。
「どの方も、あなたに負けぬ勢いでおかわりをされました。まるで、糧食が尽きてしまっているかのようですな」
俊冬は、正座する太腿の上で盆をもてあそびつつ問う。
これだけ飢えていたら、過労死レベルの激務をこなすのに、喰う暇もなかったというのもおかしいと思えてくる。
じつは、香川隊の糧食が尽きているんじゃないのか、と勘繰ってしまう。
有馬は、キョトンとした表情になった。俊冬をみつめ、にんまり笑う。
「そうじゃなあ。喰いもんがどこかにあっとしてん、おいどんたちんところじゃなかちゅうこっじゃなあ。みっともなかところをみせてしめ、すみもはん。許したもんせ」
俊冬から局長へと視線を向け、テヘペロする有馬。頭の上で、黒熊の房飾りががふさふさ揺れている。
「なるほど・・・。よせあつめの軍にはありがちですな」
俊冬が、謎理解を示す。
「そうなんじゃ。連中はっそったれじゃ」
悲し気な表情で、味方をくそったれ呼ばわりする有馬は、とってもいいやつっぽい。
一番えらい香川敬三は、水戸藩出身ではある。かれは、京で活動していた際に岩倉具視と誼を通じたり、坂本龍馬の盟友の中岡慎太郎率いる陸援隊の副隊長をやったりと、なんだかなーって経歴の持ち主である。そんななかで、たしか薩摩藩に駆け込んだこともあったはずである。が、いまは薩摩より長州のほうがお気に入りなのかもしれない。
物資は、香川が気にいる隊より優先的にまわされるのだろう。ゆえに、気にいられていない隊は、おこぼれがまわってくればいいほうだというのであろうか。
だとすれば、いったい、どうすればいいのか。別ルートで食料等入手できればいいが、薩摩など遠くからやってきている軍に、江戸で頼れるルートなどあるのかどうか・・・。
そんなパワハラやモラハラは、物資の供給だけにとどまらない。役回りなどにもおよぶ。危険な任務につかされ、戦闘になれば先陣をきらされたり、もっとも過酷で危ない配置につかされるであろう。
「おいおい。いいのか、敵に内部事情などもらしたりして」
あまりにもあっけらかん、あっさりと暴露する有馬に、副長も苦笑するしかないようだ。
「かまうもとな。幕府軍にも、ばれちょっことやろう。そいに、そうとわかったとしてん、いまさら、どうしようもなかやろう。おいどんとしては、暗殺かなにかしてくれればと願おごたっところじゃっどんね」
なんと、自分の上官の暗殺まで使嗾してきた。
「まさか敵に蕎麦を馳走になっとは、思いもよりもはんじゃしたが。一宿一飯ん恩義。こんた敵とか味方とかは関係あいもはん。おいどんな忘れもはんよ、近藤さぁ」
最後の名に、ドキッとしたのはおれだけではないだろう。
有馬はしっている。大久保大和の正体を。
そして、おれたちの正体を。
「おいどんな、半次郎どんとは仲がよかとじゃ。二人はわが藩ん、んーにゃ、西郷さぁ恩人であっことはしっちょっ。半次郎どんから、京でんこっはきいちょっで。二人が新撰組に肩入れしちょっこともふっめて」
有馬は、二人というところでおれの隣に正座している双子へと視線を向けた。
「晋介が「半次郎ちゃん」て呼ぶもんだで、そいがけしんかぎぃ恥ずかしかった、と苦笑しちょった」
晋介というのは、中村半次郎の従弟の別府晋介のことである。年齢のはなれた従弟を、半次郎ちゃんはずいぶんと可愛がり、仲がいいのだとか。その年少の別府が、半次郎ちゃんのことを半次郎ちゃんとおれたちのまえで呼んだものだから、以降、おれたちもひそかに半次郎ちゃんのことをそう呼んでいる。
あのとき、かの「幕末の四大人斬り」の筆頭中村半次郎は、相貌を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
穴があったらってレベルではなく、死にたくなるレベルで恥ずかしかったわけだ。
半次郎ちゃん、めっちゃ可愛い。




